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あなたのスイングはクラブヘッドの向きをずっと見ていますか、それともただ打ちますか? ジーン・リトラーはマシンと言われたゴルファーである。マシンになりたいゴルファーは山ほどいる。しかし彼等のイメージするマシンとは何か。マシンは職人芸とどこが違うのだろうか。

「手作り」の店とはどこまでを指す言葉なのか。農業機械で収穫したソバを買い込み、機械でこねて、最後に手で伸ばして切ったソバは十分「手打ち」だと思うが、石臼で、手でひいたソバ粉でなければ「手作り」ではないと言う人もあるだろう。しかし石臼だってマシンだ。

その昔、超一流の職人が作った機械は極めて精巧に動作した。ところが今日では素人でもそれより正確に動く機械が簡単に作れる。マシンを作るには二つの道がある。熟練の技術で、信じられないほど正確なものを作るか、あるいはいい加減なものを作っておいて、それに沢山のセンサーを取り付ける。センサーは誤差を感知してフィードバックを掛け、正しい位置になるまでマシンをコントロールする。

どちらが安上がりかというと、現代ではセンサーのかたまりを作る方が安い。それは熟練の技術者を必要としないからだ。センサーの反応が遅かった時代は、この方法で実現できるマシンは限られていたが、今ではセンサーの速度が十分速いから、およそどんな機械でもセンサーで間に合ってしまう。キーエンスも儲かったわけだ。

50年前頃に作られたヒューレット・パッカードの測定器を開けてみると、そこには職人の香りがある。機械の仕掛け一つ一つが時にははっとするほどユニークであったり、あるいは執拗に念入りであったり、それを眺めながら、思わず感動で胸が熱くなった。

しかし今の機械はがらんどうである。中を開けてもそこには小さな箱が一つあるだけだし、それを開けても専用のICチップが見えるに過ぎない。スポーツが人に感動を与えるのは当たり前だと、ふと思う。

ゴルフスイングは人間マシンである。それは熟練の技術者によって作られるようなものか、それとも未熟な技術に膨大なセンサーを取り付けたものなのか、それは誰にもわからない。

そもそも熟練した職人自体がマシンであり、そのマシンはセンサー付きであると思うが、彼等の作り出すマシンにはセンサーが使われていない。しかしながら、マシンになりたいと願うゴルファーは、マシン設計の当初に、まずそのことに気付き、考えねばならないだろう。

同じ動作を正確に繰り返すマシンを実現する方法は一つではないし、さらに言えば、同じ動作を繰り返せるマシンよりも、同じ結果を繰り返すマシンの方がいいだろうが、それをマシンと言うかどうかはもはや哲学の問題である。こうなるとゴルファーが気楽にマシンになりたいと思うことは幼稚のそしりを免れない。

ジーン・リトラーは或るときスランプに陥った。そのころ彼はバックスイングでクラブフェイスが開いていくことに不安を感じたらしい。マシンならば当然の話だ。そこでかれはポール・ラニアンに教えを乞うた。ポールはリトラーに、「クラブフェイスが開いていくのは自然だ」と言った。それから彼は自信を取り戻した。ジーン・リトラーのマシンというのはそういう次元のマシンである。

人間でない本当のゴルフマシンは単純に作られている。それは時計の針と同じだ。時計の針の先にクラブヘッドが付いていたら、何時を指そうともヘッドは絶対に開かない。6時に文字盤から飛び出たような格好になっていたアイアンヘッドが、12時には文字盤にペッタンコとくっついているわけはない。

しかし人間のスイングではそうならざるを得ない。リトラーが悩んだのも無理からぬところだ。パッティングのバックスイングでパターのヘッドを開こうとするゴルファーはいない。しかし実際それは勝手に開いていく。バックスイングが小さいから気にならないだけだ。

従って人間ゴルファーに普通のマシンを実現する道は断たれる。勝手に開いたり閉じたりするクラブヘッドを何らかの方法でコントロールしなければ済まない。人間のマシンは機械のマシンほど単純な構造には出来ないということだ。

そこでまず第一に考えられるのは、インパクトの時のフェイスの向きさえ正しい方角を向いていれば、前後は全く無視する、という手法だ。クラブヘッドがどこから来てどこに去っていくかを無視する。

ただインパクトの時に正しい位置であればいい、という風に考える。完全にこの方法を採るスイングは存在し、その結果も悪くはないが、一般的ではない。これもマシンである。言わば職人芸のマシンだ。

そして第二の考え方は、クラブフェイスの開閉をセンサーで感知し、インパクトまでコントロールする手法で、これが一般的だろう。スイングは高速なのでクラブフェイスの開閉をダイレクトに感知できるセンサーは一般の人には備わっていない。そこでリズムをセンスする。リズムを見ることで間接的にクラブフェイスを見るのである。

この第二の方法を成功させるには、センサーの感度を上げることと、クラブフェイスの開閉自体を出来るだけ少なくすることの二つが重要になる。ゴルファーは普通センサーの感度を上げる方だけを選ぶ。クラブフェイスの開閉を最小限にとどめる方は、そういうスイングを見つけるのがなかなか難しいし、飛距離に悪影響が出るから手が出せない。ジーン・リトラーだってあきらめたくらいだ。

スイングは高速だが、手の位置はヘッドほど高速にはならない。そこでリズムを使った間接的なセンスでなく、手の動きを直接監視するゴルファーもいるだろう。もっともそれはヘッドの動きを手の動きから間接的に見るわけだから、それも一種の間接センスに変わりはない。

猛練習することは、今風に言えばマッスルメモリを作ることである。これはセンサーを使わずにマシンを実現する職人芸に近い。それに対してセンサーを使ったスイングマシンとは、スイングの間中ずっとクラブフェイスの動きを見つめているスイングということになる。

ボールを打つ瞬間まで、いやボールがクラブヘッドから離れるその時まで、クラブを制御し続けられるスイングはある。しかしこの手のスイングはゴルファーに強い精神力を要求する。そう、こういうスイングはプレッシャーに弱い。

一方それが出来ないスイングが二通りある。具体的に言えば、ゴルファーがスイングの中で最後の最後までスイング修正に使える道具は手首と指であるから、これがインパクト付近で使えないスイングを作ると、インパクトはもはやゴルファーのものでない。

この手のスイングは普通非常に不自由かつ不愉快なもので、身動き取れない状況で蚊に喰われるようなものだ。

もう一つは先ほど書いたとおりインパクト以外の全てを言わば無視するスイングである。子供が夢中でモグラたたきをするようなスイングだ。いい加減に感じられるかも知れないが、この手のスイングはプレッシャーに非常に強い。スイングの途中に何も出来ないことが、逆に思わぬミスを避ける。

インパクトの瞬間は、まことに人知を越えていると言えるだろう。

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