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男性ゴルファーにはいないが、レイトビギナーのおばちゃんゴルファーの中には素晴らしいフォームで100を切れないゴルファーがいる。レッスンに大金をかけ、コーチは儲かっただろうし、本人も満足なのだから文句はないが、人気のないテニスコーチとしては、思うところがある。

詐欺というのは詐欺と思うまでは詐欺ではない。他人がどうこう言うことでもない。熱心に練習し忠実に指導を守り、美しいフォームを作り上げる。それはインパクトのないスイングであり、豆腐で作った金槌(かなづち)であり、絵に描いた餅である。

仏作って魂入れずという言葉があるが、運動経験のない非力な年輩の女性にただ美しいスイングを授けてもスコアにはならない。同じ時間をもっと別のやり方で練習していればどうなったかと、そう思うのである。

見ていると涎(よだれ)が出てくるほど上手に描けた餅でもそれは喰えない。それだけ絵の勉強をする時間があったなら苗を植え、水を張り、草をむしり、収穫して脱穀し、炊(た)いてつぶして丸めれば餅が出来る。それは喰える。

生徒にそこそこの体力、あるいは筋力を見て取れるなら、私でも同じように美しいスイングを指導するだろう。しかし美しいスイングに意味がなければ苗を植える方を採る。ところがそういうレッスンは好まれない。したがって私のように餓死しかかるコーチになってしまう。

教えるという作業は本質的に商売にはならない。絵に描いた餅を持ってゴルフ場へ出かけ、おいしくなさそうでもとにかく喰える餅に出会う。何度出会っても必ず負ける。しかし本人にはなぜ負けるのか、わからない。私にはその方がよっぽどわからない。

子供から「はい、ご飯ですよ」と茶碗を渡されれば、何も入っていない茶碗からうまそうに飯を食わねばならない。ままごとは飯が入っていなくても喰うのである。あれも意味が分からない。子供の頭の中がわからない。似たような話だ。

ゴルフ場は飢(う)えている。したがってまずそうでも喰える餅でなければ意味がない。筆者

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