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ゴルフのグリップは特殊である。それを特殊だと思わない人はいないはずなのに、誰も特殊だとは言わない。人はひとたびゴルファーと呼ばれるようになると、途端に愚かな見栄っ張りになるらしい。知らないことを知らないと口に出して言えなくなる。

聞くのは恥ずかしい。しかしたとえ素朴な人が誤って口に出して聞いてみても、尋ねられたゴルファーも本当のことは知らないので、右手が強すぎるからそれを抑制するためだとか何とか、いかにももっともらしい、NHKのアナウンサーのような嘘っぱちを言う。

それを聞いた素朴なゴルファーが、よくはわからないけれど、これまた何となく納得する。ゴルファーは大抵そういう雰囲気の中で生きているので、まじめな人は付き合い切れない。ゴルファーだってゴルフを離れたところでは、そんなことで納得する人種ではないだろうに。

右手が左手より特に強いのは箸を使う文化圏だけの話である。右手の器用さや握力の極端なアンバランスは我々に特有であって、私などは左の薬指を動かせと言われて中指が動く。ヴァードングリップが日本人の発明でないのは明らかだ。

百歩譲って仮に右手の力を押さえるために、右の小指をオーヴァーラップしたり左の人差し指に絡ませたりするのだとしても、それだけでは左の親指をシャフトに沿わせることの説明は出来ていない。

こちらの方がゴルフグリップの特殊性の核心である。野球のバットを振るのに、右手の小指をオーヴァーラップしても何とか打てるが、左の親指をバットに沿わせたら相当打ちにくい。力が入らない。

左の親指(右利きの人として話をいている)をシャフトに沿わせては力が出ないし、右手を強く握れない。だから右手の力をセイヴできるのだと口から出任せを言う人もあるだろうが、とりあえずそんなグリップは棒を振り回すスポーではゴルフだけで、非常に特殊だ。

スポーツは力だのに、力を出さないためにわざわざそんなグリップをするはずはないし、それは右手の力うんぬんという話でない、と断言する。従ってかろうじて、右手の小指がオーヴァーラップになったりインターロックになったりすることだけが、右手の力を抑制するためにヴァードングリップが使われている理由になりうる。それもウソだが。

右手をオーヴァーラップする理由はボールを飛ばすためである。実際小指だけでなくもう一本薬指までオーヴァーラップすればボールはもっと飛ぶ。私はゴルフを始めた当初から15年くらい、そのダブルオーヴァーラップでゴルフをしていた。ヘッドを走らせるためには、右手のパワーよりもヘッドの重さを使う方が効果的だ。

どんなに右手が強くても、飛んでいるピストルの弾を加速させようと球をつかんで押してやっても、そりゃ意味が無い。右手を小さく握るのはヘッドを走らせるためであって、それは見方によれば確かに右手の力をセイヴすることだが、いわゆる右手の効き過ぎを押さえるという話の全く逆で、効き目が無くて邪魔だから使わないのである。

それでは左手の親指をなぜシャフトに沿わせるのか。これぞゴルフグリップの核心なのだが、これはヘッドのトルクに負けないで、正確に目標にクラブフェイスを向けるための驚くべき英知である。

ゴルファーが今仮に、親指を沿わせることをやめて野球のバットを握るように、いわゆるベイスボールグリップでクラブを握ってボールを打つと何が起こるか、想像してみていただきたい。

多分多くのゴルファーは、バットのグリップでは右手が強くなって左へ引っかけると思うだろうが、実際はスライスする。かなり腕のいいゴルファーでも予想外にスライスすることに驚くだろう。それで初めてヴァードングリップの真の価値に気付く。

親指をシャフトに沿わせるゴルフ特有のグリップは、ヘッドのトルクによって当然開いてしまうクラブフェイスを、きちんと目標に合わせるために無理をしてくれるのである。無理をしてがんばってくれる。

だからこれを外せば、クラブはフリーラン状態になって、余程リズムのいいスイングでない限り、クラブフェイスは汽車ぽっぽの煙が後ろへたなびくが如く、開いたままボールに到着する。

スワンネックを開発した後で、私はそのことに気付いた。スワンネックはベイスボールグリップでもスライスしないのである。スワンネックにはヘッドトルクがないので、左手のグリップの助けがいらない。

ヴァードングリップの左手は、クラブをただつかんでいるわけではない。つかむだけならわしづかみの方がいい。この左手はアドレスを記憶する一種の記憶装置であり、しかもヘッドのトルクに打ち勝ってフェイスを真っ直ぐアドレスの状態まで戻してくれる動力源である。そのために左手の平はかなりのエネルギーを消費する。消費されるエネルギーの量は尋常ではない。

イメージ的には、スイング全体の半分以上のエネルギーがこの左手のグリップで消費される。逆に言えば、それほどのエネルギーを左手のグリップに集中している感じを持てるスイングをすれば、古典的クラブでもかなり正確な方向性を維持できるだろう。

スワンネッククラブは、思いもかけずゴルフグリップの特殊性がなぜ生まれたのかを明確に説明した。ヴァードングリップは古典的クラブのヘッドトルクを相殺するための特効薬であり、見方を変えれば苦肉の策であったわけだ。

なぜあのような奇妙な、知恵の輪のような握り方をしなければならなかったか、それは一つには飛距離を増すためであり、もう一つはヘッドのトルクに勝って真っ直ぐ飛ばすためであった。

そしてヘッドのトルクは飛距離に絶対的な意味を持っている。これ無しではボールは飛ばない。スワンネックは飛ばない。ヴァードングリップは飛ばすためのヘッドトルクを捨てることなく、かつ出来るだけ真っ直ぐ飛ばすための秘策である。

もしも将来恐ろしく飛ぶクラブが作られるなら、ヴァードングリップは必要無くなるだろう。全てのクラブはスワンネックで間に合ってしまう。その方が正確で曲がらないし、初心者がバットを振るように当たり前のわしづかみでゴルフが出来るから。

ヴァードングリップとスワンネックは互いに同じ目的を持っている。一方は左手首の力でトルクによる方向性の乱れを解消しようとするし、他方はクラブの性質でトルクを無くする。

ベイスボールグリップの方がグリップに触れる面積が大きいので感覚が鋭くなるが、古典的クラブを使う限り、ベイスボールグリップでは飛距離も方向性も期待できない。無論初心者にとってはさほど問題ではない。それどころかかえって打ちやすいだろう。実際私自身は古典的クラブを使うときでもベイスボールグリップでゴルフをしている。

グリップの意味を知り尽くしているのであれば、ベイスボールグリップでもヴァードングリップでも同じことだから、私は握りやすいベイスボールグリップで結構だ。しかし古典的クラブで普通にゴルフをするなら、やはりヴァードングリップの恩恵に浴する方がいいだろうと思う。

スワンネックはゴルファーからヴァードングリップという、ゴルフを知らない人には理解できない「不思議」を追い出してしまうだろう。それにしても、ハリー・ヴァードンというゴルファーは偉大だった。

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