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何の先入観も持たず、知恵も授けられていないすっぴんの初心者が、初めてクラブを握り、ボールに向かってアドレスすると、100人中99人が目標より10度ほど右に向いて構える。ゴルフ歴20年のゴルファーでさえ、かなり多くの人が同じように目標より右に向いて構えている。

肩の線も、両足かかとを結んだ線も、ピッタリ目標の右10度を向いていながら、目と心ばかりが目標を見つめている。この錯覚がどこから来るのかはともかく、これは教えられないと永久に気づかない。

 
200メートル先の旗に向かって真っ直ぐ構えているつもりの自分が、旗より35メートルも右に立っている松の木めがけて構えているという事実を知ったときのショックは半端ではないはずだ。

目は目標をにらむように見据え、従ってスイングも当然目標に向かってするのだから、ボールは目標に向かって飛び出すのは間違いない。しかしアドレスは右の松の木に向いていて、当然クラブフェイスも右の松の木を狙っている。このゴルファーの姿を天上から見下ろしていると想像していただきたい。何が起こるか。

そう、ボールは確かに目標に向かって飛び出すが、フェイスは右に10度開いているのだからカット打ちになって、スライスする。特別に非力な女性と、背の高い細身の男性は、ヘッドのトルクが効いてホックしてしまうが、9割以上の人は激しくスライスする。ゴルフはどこまでもスライスするように出来ている。

ゴルファーがなぜそんな錯覚をするのかという説明にはあまり意味がない。説明を理解したからといって即座に錯覚は治らない。しかし役に立たないわけでもない。遠近法というのがある。

あれは真ん中の線は真っ直ぐだが、左右の線は斜めで、しかもずっと先は一点に合流する。ボールの後ろに回って見れば、ボールと目標のラインは正しく見えるが、アドレスの位置から見るとおかしくなるのだ。 これを「相体勢理論」という。相対性理論とある意味で非常に似ている。私たちは遠近法の世界で生きているのに、普段はそれと気付かない。

真っ直ぐな道路が地の果てまで真っ直ぐに走っている絵を見て、何の不自然さも感じないのに、その絵の中の道路の途中で道幅を測り、それがこの道路の道幅ですと言う奴はいない。道幅は手前ほど太い。どこが本当かというと、どこも本当だ。

一般的に言われるとおり、初心者は目標の左、距離の約1割左に目標を取ると真っ直ぐ打てる。なぜ1割か、精密な話はここではしないが、目標までの距離が600メートルを超えれば誤差はほとんどなくなる。近いほど誤差は大きい。

3メートルのパットでも地面に寝ころんでグリーンすれすれに目があればカップは線のようにしか見えない。線を横から見ても奥行きはない。つまり方向が無くなって打てない。

同様にウェッジの距離でドライヴァーを持ち出し、地面に膝をついて背を低くすると、シャフトは長いからボールが遠いし背は低くなっているので目標は見えていてもどちらに打っていけばいいかほとんどわからない。せいぜいフェアウェイ全体の向きから判断するしかない。

無限に広がる大地、たとえば海の上だとまわりの景色もないのでアドレスの位置から正確に目標の方向を捉えることは出来ない。ゴルフ場の景色にだまされ、ティーグラウンドの四角がフェアウェイに真っ直ぐ向いていないばかりにミスショットするのも同じことだ。

相対性理論は現実の世界で生活する上ではその影響はごくわずかで、わずか過ぎて信じない人も多い。しかしその事実は実際に私たちの生活の中で使われている。宇宙ステイションで活動する宇宙飛行士と地上の管制室にいる人々の間では時間差が生まれている。距離の隔たりと光の速度による単純な差ではない。

衛星通信やGPSでもアインシュタインなしには正確な情報は得られない。遠近法は不思議だが、それは相対性理論が不思議に見えるのと同じことだ。ゴルファーが目標の右に向いて構えてしまう誤りは単純な錯覚だけれども、ある意味でとても興味深い。私たちの身の回りに4次元のポケットにような空間が至る所にあって、ゴルファーの「右に向いてしまう」錯覚もその一つなのかも知れない。

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