« 0137 ヘッドを開いて構える(内緒話) | トップページ | 0139 風力計 »

全長106センチの3番アイアンを使っている。普段の素振りではほとんどこのアイアンを振っている。このクラブでスイングイメージが出れば、以下のアイアンでは問題なくイメージが出る。一本一本のアイアンそれぞれに慣れるのが本当だが、たとえば5番が振れても3番が振れないことはあるが、逆はない。

「慣れとは何か」という命題はまだ解明されていない。しかし全ての教師に共通する大問題だし、またそれを裏から見るとエージングという問題に関連して、製品作りにとっても解明されなければならない命題である。建物が何年保つかというのは、本当のところやってみなければわからない。京都の寺社は未だ実験中の、貴重な資料である。


科学の進歩した今日でも、酒を一日では造れない。科学の終着点が時間を超えることにあるという認識はタイムマシンの時代から知られていた。電子レンジの作り方を大正末期か昭和初めのラジオ雑誌で見たことがある。そういうやり方も一種の時間超越かも知れない。

 
練習とは何かという話では、一歩一歩階段を登る正統なやり方もあれば、大リーグボール養成ギブス的方法もある。超ロングの3番アイアンは、どちらかというとそれに近い。42インチという長さは昔のドライヴァーの長さだ。かといってドライヴァーを振ればアイアンが打てるかというと、そうでもない。なぜだろうか。


慣れとは何かがわからなければ、練習方法もわからないはずだし、教え方もわからない。何もわからない中で、私は3番アイアンを振っている。これを振ると、4番が易しく感じるし、実際うまく振れる。したがってこの3番をもっと簡単に振るためには、2番が必要になる、だろうか。

 
3番アイアンは実際に使うアイアンであるから、それをうまく振るためには、実際には使わないもっとやっかいなアイアンを作らねばならない、だろうか。

 
負荷をかけるのが大好きな質(たち)の私は、一つ一つの段階を順番に踏み上がっていくより、大きな負荷と遊んでいる方が楽しい。しかし、それがなぜ意味を持つのかわからないし、いい方法かどうかもわからない。

けれども練習場へ行く人には、キャディバッグに入っている一番長いアイアンよりも一つ番手の大きいアイアンを買って、それだけ持って練習場に通うことを勧める。無論それがいい方法かどうかは「慣れとは何か」がわかるまで誰にもわからない。

しかし一つはっきりしている効果がある。それは自分はアイアンが上手に打てる、という錯覚に陥らないことだ。練習場でそのアイアンが打てても打てなくても、大した問題ではない。

画期的なことは、ゴルフ場で練習場より悪いショットは絶対に出ないことだ。練習場で3番が打てなければ、フェアウェイでアイアンを持ったとき、とにかくボールに当てようとするだろう。ピンを狙うなど夢にも思わない。そこがいい。しかも案外楽にボールは飛ぶのだ。

 
練習場で3番がうまく打てた人は、フェアウェイではそれ未満のアイアンは楽々と打てる。ゴルフの極意の一つは謙虚になることであるから、この方法は少なくともゴルフで一番大切なことだけは学べる。

練習場は「出来る」と思うためにあるのではない。「出来ない」ことを知るためにある。それがラウンドで最高の効果を発揮する。「慣れる」というのはいったい何なのだろうか。教師もコーチもその本質はまだ知らない。テニスコーチの筆者

« 0137 ヘッドを開いて構える(内緒話) | トップページ | 0139 風力計 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 0137 ヘッドを開いて構える(内緒話) | トップページ | 0139 風力計 »