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前回、強いプロゴルファーはブッシュから生まれると書いたが、ゴルフ練習場でゴルフスイングは覚えられるが、ゴルフは覚えられない。ちょうどこれを書きながらアメリカのP.G.Aトーナメントを見ているが、ロッド・パンプリングが出てきた。彼はブッシュで生まれたわけではないが、彼の町にもゴルフ練習場はない。

ブリズバンの町から北へ40分ほど走ると、細い桟橋のような長い橋がある。昔は本当に細いのが一本あっただけだが、何時だったか新しい太いのが出来た。運転は楽になったが、何というか、わくわくする感じがなくなってしまった。

それを渡り終えたところに静かな岬の町がある。土の色が関東ローム層のように赤いので、レッドクリフと呼ばれている。朝一番、小学校の始業時間前に学校のコートで子供たちにテニスを教えていた。彼はここで育ったらしい。たぶんスカーブラの近くだろう。年齢からすると子供の頃に私の生徒だったはずだ。

レッドクリフにゴルフ場はなかった。すこし戻れば、飛行場の両わきにナッジとロイヤルクイーンズランドという二つのゴルフ場がある。私はゴルフコースとしてはナッジの方が好きだが、ロイヤルクイーンズランドでプレーすることが多かった。言わばホームコースだが、子供が遊ぶにはもっと別のコースがあったのだと思うし、彼もそこでゴルフを覚えたのだろう。

子供ゴルファーの基本はゴロだ。それこそゴルフ場全体をまるでグリーンのようにプレーする。それが将来ゴルファーとしてどれほど大切な財産になるのか、日本人にはわからないだろう。そこが悲しい。たぶんプロは気付いていると思う。その財産が無いために勝てないことにも、気付くだろう。

体力と力ばかりで勝っているわけではない。ショットのすごさだけで勝てるのでもない。要はどうすればボールをうまくカップまで運べるか、そのルートをどれだけ沢山持っているかが実は大問題なのだ。使うのはもちろんその中のたった一つだが、ルートの数が多ければ多いほど、たった一つ選ばれたそのルートの成功率が上がることになっている。

私の知る限り、養鶏場の鶏がプロになって活躍した例は、金井清一プロ一人だ。彼は何の変哲もない隣のおじさん風だが、プレーにガッツがある。表には出ないが、そのガッツにはベン・アルダを彷彿とさせる何とも言えない迫力がある。ただのおじさんではないのだ。

ゴルフ場の1番ティーか18番ティーの辺りに、使い古したボールを投げ入れるカゴが置いてあるのを時々見かける。それを子供が使う。午後になると、何処からともなくボロのクラブを3,4本入れた小さなバッグを担いで、子供がやってくる。子供はその古いボールをつかんで、スタートしていく。

いや、実際にはすぐスタートするわけではなく、じっと待っている。誰かが「坊主、先に行け」と声をかけるのを待っている。子供はにこっと笑って、ワッグルもせずにさっさと球ころがしを始めるのだ。ゴルフ場に、養鶏場で鍛えたスイングをひっさげ、ピカピカのフルセットを持ってやってくる子供とはちょっと違う。

ゴルフが好きなのは同じだろうし、うまくなりたいのも同じだ。ただ、豊かさが違う。ここには新型のメルセデスはないが、その代わりにボロボロだが懐かしい初代のカローラが走っている。この差はどこからやってくるのか。環境のせいだというのは簡単だが、実は決してそうではない。人の心の豊かさが違う。それをはぐくむのが大地だ。

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