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I氏という、亡くなる瞬間までゴルフをしたがっていただろうと信じられるほどのゴルフ好きが、生前ゴルフ仲間に言ったそうだ。ゴルフグリップは仏壇の前で両手を合わせるようなスクエアグリップではなく、左手は上から、右手の平は真下から握るものだ、と。

その話を聞いた私は即座に、それはハンバーガーのパンのようにグリップを上下から挟み込むのだな、という風に解釈した。

彼は堂々たるシングルであったが、長い年月をかけて上達していったのだろう、その話に聞きかじりや馬鹿馬鹿しい常識的言葉はなかった。ちなみに私はショットで負けたとは思わないが、パットで負けた。

レイトビギナーの主婦を相手にスクエアグリップを指導するレッスンプロは死刑に値すると思うのだが、仮に200人のそういう初心者を100人ずつ二組に分け、一方にはスクエアグリップを、もう一方には左をストロング、右をホックグリップという、I氏の言うハンバーガーグリップを採用して、週一で2時間のレッスンを一年やった後、ゴルフコースに出るとする。

この勝負に負けたチームのコーチは死刑にするという条件が付いていたとしよう。今時は平和ぼけで、命を懸ける覚悟で何かを主張するということ自体がイメージできないだろうが、この勝負が避けられない「やらない」という優雅な選択肢のないものとした場合、さて、スクエアグリップを教えているコーチ達は、それでもこの勝負にスクエアグリップ側で戦うだろうか。

この勝負、スクエアグリップには勝ち目がない。一体誰が、何時スクエアグリップを神格化したり、インターロックを女性用にしたのだろうか。ゴルフの球聖ボビー・ジョーンズがスクエアグリップだったはずはない。悲しいことだが、私たち日本人はマネを本業としている。少なくとも世界がそう思っているのは事実だ。しかも、間違ってマネすることが、ある。

世界中のどこへいっても、ゴルフコースで、余程スイング理論に熱心なゴルファー以外、スクエアグリップでゴルフをしているのを見ることはない。ましてレイトビギナーの女性がスクエアグリップで構えるなどということはあり得ない。誰でも決まってハンバーガーグリップだ。

理論としてのゴルフスイングは、一般的にはベン・ホーガンまでしかさかのぼれない。それこそ死ぬほど練習するのを密かな楽しみとしていたに違いない鉄人ベン・ホーガンがようやくたどり着いた世界を、50歳を過ぎて初めてクラブを握る主婦達に伝授するのは妥当だろうか。20年先は70才を過ぎているのに。

正しいというのは時と場所を選ぶ。永遠に正しいこともなければ、どこででも正しいこともない。日本の法律家はそれが分からないらしいが、レッスンプロも分かっていない。というより、分かる必要に迫られていないと言った方が正しいだろう。命を賭けてもいいと言えることだけ、言えばいいのだ。

失敗してもみんなが納得してくれるとか、間違っていてもそりゃ仕方なかったと言ってくれると思えることだけしゃべっていてはクイズ100人に聞きましたと同じだ。確かにそれで社会は成り立っている。しかしレッスンというのは本当の正解を教えるべきものだと信じたい。

ゴルフの技術が遺伝するなら、スクエアグリップを教えることは一見正しいように思われる。いつかマスターズに優勝する日本人を見ることが出来るだろう。しかし次の世代は結局ご破算で願うのだから、一から始めなければならない。

ハンバーガーグリップには確かに先がない。あるのは今だけだ。その先はスクエアグリップの世界である。先があればの話だが。プロゴルファーは言わばゴルフで生き急ぐのだから、50年を5年で体験するかも知れない。そうなるとスクエアでなければならないことも考えられる。

しかし大きな家を造ろうとして土台を大きく作るのに人生の全てをかけてしまったら、少なくともその人の夢は叶わない。家ならば子供が跡を継いで土台の上に建物を造ることも不可能ではないが、実際ゴルフの技術は遺伝しないし、子供は子供でまた一から出直しだ。

ハンバーガーグリップは空手のように寸止めであり、スクエアのように振り抜くわけに行かない。手首の負担も大きい。長いことゴルフをするには不向きといえば不向きだが、それは毎日1000球の練習ボールを50年打ち続ける、という意味での長いことである。

世界的に見れば、プロゴルファーの多くはハンバーガーグリップから出発している。子供の頃から親にゴルフを仕込まれたというような特殊な場合を除けば、世界のプロのごく一部が練習の果てに何時しかスクエアグリップに移行する程度に過ぎない。

余程熱心にレッスン書を読んだとか、パワーがあり過ぎてコントロールが効かないというゴルファーの最終的なグリップがスクエアであり、良く言えば天国悪く言えば墓場である。

スクエアグリップは確かに理想的なグリップである。ウソではない。ウソではないが、皮肉である。万能の神が戦争を避けられないという矛盾、世界は一家人類は皆兄弟なのに、どうして戸締まり用心なのか、という矛盾にも似ている。

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