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杉原輝男プロのスイング

妙なスイングというと誰でも杉原輝男プロのスイングを思い出す。しかし私はあのスイングを美しいと思っている。初めから人間らしいスイングをすれば、誰だってスイングはそこそこ美しくできる。杉原プロのスイングは、神を畏(おそ)れず理想のスイングを実現しようと戦った戦士が、戦い破れて傷だらけになった姿だと思っている。

レイモンド・フロイドだって、ラリー・ネルソンだって戦士だった。フランク・リックライターだってノータ・ビゲイだって戦士だ。神のスイングは当然人間のスイングより数段レベルが高い。しかし神自身がやったにしても、人間が作ったゴルフクラブを使う限り思うように打てないはずだ。

それを人間がやろうとすれば、それこそ多大の困難を伴う。杉原プロにもう少しパワーがあったら、あるいはもっと軽いクラブがその昔にあったら、彼のスイングはもっと理想に近づいただろう。スイングは完成しなかった。

彼の勝利数は、だからスイングのせいではない。挑戦者として戦い続けたことに対する神からの贈り物である。スイングが滑稽に見えるのはドン・キホーテと同じだからだ。

丸ちゃんスイング

丸山茂樹プロのスイングはレベルが高い。アメリカのプロの中でも、彼のスイングより高いレベルのスイングをするプロは数えるほどしかいない。しかしだからといって彼の勝利がスイングのせいだと言うのは間違いだ。それならベン・アルダは勝てなかっただろうし、伊沢プロはアメリカでも勝っていたはずだ。

ゴルフではスイングよりもっと大切なものが沢山ある。丸山プロもそれを持っているから勝てる。スイングなんてそんなもんだ。されどスイングたかがスイング。大相撲の関取達の、あの素晴らしいゴルフスイングを見たまえ。

ノータ・ビゲイのスイング

アメリカのPGAにノータ・ビゲイという変わったスイングのゴルファーがいる。タイガーウッズのクラスメイトだということだが、杉原輝男プロも真っ青になりそうな、実に個性的なスイングをする。そのスイングを見ていて思い出したが、左わきをきゅっと閉じて体から離さずに打てという話がある。

ビゲイのスイングが左脇を離さないスイングなのかどうかはわからないが、左脇にこだわる姿勢はかつての名手林由郎プロの左脇を思い出させる。彼は左脇を離さないのではなく、こすり上げるのだった。

彼らのスイングを正確に伝えるのは簡単でないが、この手のスイングは安定度が抜群で、従って距離は落ちるが慣れてくるとスイングが劇的にやさしいものになる。もっとも林プロはこれで飛距離を増したと言っていたが。

左わきを開けないスイングをもっと極端にすると、ビゲイのスイングに近づく。彼のスイングがいいスイングとは思わないが、ひとつの素晴らしいスイングイメージを極限まで削りだして抽象化した、いわばピカソの絵のような美しさがそこにはある。

スイングは様々で、どう打とうと大きなお世話だ。まるでスイングを考えないスイングさえある。ジョナサン・ケイのスイングにはインパクトしかない。美しいフォロースルーもなければ精密機械のようなバックスイングもない。彼はただインパクトだけに熱中する。

塚原ト伝も千葉周作も、木枯らし紋次郎に絶対負けないとは限らない。私のゴルフ話が千葉四郎に劣るとは限らない。木枯らし紋次郎は御苑の森で修行し、木枯らしジョナサンは賭けゴルフで鍛えた。そして私は日々木枯らしの中。

ジム・フューリックのパラボラ

理想的でかつ誰が見ても美しいスイングは滅多にない。私の知る限り、たった一人ブルース・クランプトンだけがそういうスイングをしていた。私の目には理想的なスイングは美しく見えるので、ジム・フューリックのスイングはアダム・スコットのスイングより美しく見える。

実を言うと、フューリックのスイングはレイモンド・フロイドやラリー・ネルソンと共に、私の審美眼に映る最も美しいスイングの典型になっている。

スイングの旅の途中で発掘したり、発明したスイングは数知れないが、フューリックのスイングはその旅路の果てか、あるいは九合目辺りに位置する素晴らしいスイングである。何もよりによってフューリックのスイングとは、と失笑を買うかも知れないが、私は彼のスイングのすごさを知っている。

このスイングの仕掛けを説明するのは簡単ではないし、彼自身そのスイングの真相を理解しているとは思えないが、私自身はすでに彼と同じか、彼以上にフューリックらしいスイングのイメージを持っている。実演は出来ないが。

ただ理想のスイングを考えるだけならば、それが実際に人間に出来るかどうかは全く考慮する必要はないし、気にも掛けないから本質を見やすい。普通は実践を考えるので、話がややこしくなるのだ。

考えるだけのスイングは限りなく自由で、人間離れしていることも多い。始めから人間には無理だというスイングさえあるが、それでもスイングとして理想的ならそれはそれでいいのである。

そういうやり方で考えついたスイングの中には、たまたま人間に可能なスイングもある。さらに、すでに誰かがそれに近いスイングでプレーしているということもある。フューリックのスイングはそういうスイングの一つで、しかも非常に高度なスイングなのである。

彼のスイングは一般には変則だと言われているが、見方によればそれ以上はないと言うほど機械的なスイングである。スイング自体が機械的なのであって、ゴルファーが機械的なのとは違う。

機械として合理的な動きを人間がやったらフューリックになった、ということだ。だから彼のスイングが変則に見えるということは、人間が機械的な動きを実現すると妙に見えるということだろう。

彼のスイングの特徴はクリス・ディマルコ同様ホックが出ないことと飛距離が出ないことである。部品の強度が金属ほど高くないので、あれ以上にスピードを出すと部品にひび割れが出来る。伊沢プロはそれであの素晴らしいスイングを断念したのだろう。もっとうまい方法があったのに。

フューリック自身はもっと速く強く振る力は持っているのだが、体の部品がその速度に耐えられない。それでもかなりスイングに工夫を凝らして部品に掛かる力を逃がしているのがわかる。

つまり部品の強度不足を補うためのスイングの工夫が、彼のスイングを益々変則に見せている。どこかに書いたと思うが、私は彼のスイングを「フューリックのパラボラ」と呼ぶ。筆者

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