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アイアンマットの上のボールを見事に打てるスイングは楽しいスイングである。みんなが楽しいスイングを楽しんでいる。ゴルファーの身体能力を100パーセント発揮できるスイングはゴルファーにとって感動的だから、楽しい。そんなことは百も承知で、私は楽しくないスイングをする。なぜか?

作り話に、アラブの王様にデュポンのライターを売り込むセールスマンというのがある。彼は王様の前でライターをシュッとひと擦(こす)りして、もしも火がつかなかったら命を捨てますが、もしついたら買ってください、と言ったそうだ。

日本のプロゴルファーの大半が使っているスイングは楽しいスイングである。体の動きも滑らかだし、パワーも発揮できる。そして何よりピンを狙うとき、いかにも狙いますという気分になれるスイングである。私もそのスイングをするときには同じ気分になれるが、その気分がどこから、またなぜ来るのか、わからない。

ただ、その楽しいスイングでの「狙う」という気分は、セールスマンがライターに火をつけるとき、気合いを入れて、手が滑ったりしないように細心の注意を払いながら、しっかり全力で擦(こす)る、という気分に似ている。間違いなくスイング出来れば、ボールはピンに絡むと信じられる。

 
しかし実際のセールスマンは、そんなやり方に命を賭けているだろうか。どんなに軽く擦っても、ちょっと手が滑ったとしても、絶対に火がつくライターを持っているのではないだろうか。それならば気合いも根性もいらない。

緊張で手からライターを落とすなどということは起こりえない。ただシュッとやってライターを売るだけでドキドキすることがない。それは楽しいだろうか。楽しいと思えるのは、ただライターが売れてお金が入ったことだけしかない。

私のスイングは楽しくないスイングである。スイングするとき、気合いも何もいらない。リズムが狂っても、体が変な動きになっても、ボールはいつも飛ぶ。「狙う」という気分には到底なれない。

ただ目標の方へクラブをセットして、ボタンが押されたら動くだけの、おもちゃみたいだ。しかし、そのおもちゃを作りあげるためには根性と気合いが欠かせないし、作っている間は楽しい。

絶対に火のつくライターを作るか、気合いで火を付けるか、ゴルファーは選択の余地を持っているはずだが、ほとんど全てのゴルファーが気合いで火を付ける方を選ぶ。国民性だろうか。それとも楽しいからだろうか。

わずかにプロゴルファーの一部にだけ、絶対に火のつくライターを持っているか、あるいは持とうと努力している人の姿を見ることがあるだけだ。「狙う」スイングはボールを打っているのではなく、目標を狙っている。つまりボールをちゃんと打てない危険がある。

楽しいスイングが悪いわけではない。タイガーのスイングは楽しいスイングである。ただ、そういうスイングでしか上手にボールを打てないアイアンマットは、いい環境ではない。私のスイングでアイアンマットの上のボールは打てない。不思議だ。

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