« 0057 ウッドヘッドのアール | トップページ | 0059 リヴァースグース再発見 »

問題は誰が鈴を付けるかである。世の中にはちょっと前までは非常識だったことが、知らない間に至極当たり前の常識になっている、ということが少なくない。一度そうなると前のことはすっかり忘れるのもまた人の常である。

 
「非常識」という言葉には初めから悪いという意味が含まれている。本来の意味ではないが、いつの頃からか、そう受け取るのが普通になってしまった。

そういう「非常識」が常識になってくるのは進歩と言わず退廃と言う。その逆に、常識を進化させる可能性のある、単にまだ誰もやっていないだけのことを「不常識」と言うことにする。

(「否常識」だと音が同じになってしまう。日本語では、たとえば「言うことを聞け」という言葉がlisten to にならないでobeyになってしまう。つまり日本語にはlisten toがない。こんな不便な話はない。何のこっちゃ。)

まだ誰もやっていないからそれは少数派で、誰もいいとは言わないので当然常識人は相手にしない。 それが「非常識」でなく「不常識」な事柄であれば、いい意味で新たな常識になりうる。そして一旦それが常識になると、いち早く取り入れるのもまた常識人である。

銀行に順番札が出来て、入った順に受け付けるのは今でこそ当たり前だが、その当たり前までに100年以上かかっている。女子トイレは見たこと無いが、聞くところによると銀行と似てきたらしい。日本のスーパーではまだこのシステムは使われていないが、残念だ。

 
それも最初は常識人に迫害された「不常識」な人々がいてこそ進歩したのだ。スウェイ打法は当たり前の打法である。背面飛びと同じだ。今では背面飛びが主流になっていて誰も馬鹿扱いしないが、始めた人々は大変だったはずだ。

スウェイは天下の御法度だが、スウェイ打法はわかってしまえば当たり前で、なぜ今まで気付かなかったか、それが悪いスイングと言われていたのか、それさえすぐに忘れてしまうほど、簡単な話である。

 
しかしそれを最初に理解するのは簡単でない。そこで、誰が鈴を付けるかということになる。またこのたびのスウェイは上下のスウェイについての話である。横のスウェイは滅多に見ないが、どうしてもやりたければ樋口久子さんのフラミンゴ打法を見るといい。

軟式テニスと硬式テニスではサーヴの方法が全く異なる。しかし外から見たのでは絶対にわからない。実を言うとその事実を知っているコーチは存在しない。

軟式のサーヴはパワーを必要としない。というよりも、柔らかすぎるゴムボールはある限度を超えたパワーを拒否する。意味が無いのだ。ところが硬式ではボールは重く硬いから、プレーヤが最大限のパワーを持ちだしてもまだそれを受け付けるだけの余裕がある。

したがって硬式のサーヴで軟式のボールを打つと、ボールは円盤状につぶれて計算できない軌道を描いて飛び去ってしまう。あるいはラケットに張り付いてどこにも飛ばない。

それだから軟式ではプレーヤの大半は上半身と腕だけでサーヴを打つようになる。もし仮に筏(いかだ)の上やボウトの上でサーヴをすれば、ボウトは回転しようとするだろう。

軟式のサーヴは足を地面に固定し、腰から上をねじってパワーを出す。それを支えるのが地面だ。力は腰と腕の筋肉が作り出す。普通のゴルフスイングとほぼ同じだ。したがって作用反作用の法則でボウトは腰のひねりに対して逆回転する。

 
ボウトの上でツイストするようなものだ。ところが硬式のサーヴではボウトは回転しない。硬式のサーヴは腕の力や腰の力よりも足の力を使ってパワーを生み出す。

硬式のサーヴをボウトの上ですれば、ボウトはボールが飛ぶ方向と反対の方向へ真っ直ぐに滑り出す。そしてサーヴァーは水の中に落ちる。両足でボウトの底を蹴るようにして力を作るからだ。

つまり外から見たら専門家でもわからないが、実は全く違う、異質の方法でボールを打っている。私はそれに気付いた。それで硬式のサーヴを教える方法を考え、実行している。事情はゴルフスイングでも起こり得るだろうと考え始め、スウェイ打法にたどり着いた。

 
軟式型のサーヴで硬式のボールを打つと、腕力があれば硬式のサーヴと変わらないスピードのサーヴは打てる。ただ一般に足で蹴る力は腕を振る力よりも強い。ゴルフスイングでもそれは同じだ。

初心者の多くは軟式流のサーヴをするが、硬式のサーヴを教えるのに15分しかかからない。しかも、一度硬式のサーヴを覚えると軟式に戻らない、というか戻れなくなる。

大半のゴルファーがボウトの上でスイングすると軟式同様ボウトは回転しようとする。ところがタイガーのは回転しないで、多分ボウトは一瞬水面から下へ沈み込むように見えるだろう。

元々軟式のサーヴで速いサーヴを打っていた人が硬式のサーヴを覚えると、必ずしもボールの速さが前よりも速くなったとは言わないが、同じ速さのサーヴを打つのが劇的に楽になったと必ず言う。それは何を意味するだろうか。

 
やってみるとすぐにわかるが、腕の強い人ほど硬式のサーヴを覚えるのが遅い。腕や腰の力で打とうとすると足で地面を蹴れない理屈があるからだ。

自分のゴルフスイングが軟式サーヴ型かそれとも硬式サーヴ型かを見分けるには、ボウトに乗ったつもりになるといい。自分がその上でスイングしたとき、ボウトが回転するようなら軟式型である。別の簡単な方法もある。

 
それを教える前に、もしも自分が硬式サーヴ型だと判明した場合、それはとりもなおさずスウェイ打法だということである。人に気付かれないようにこっそりとやっていたのだ。あなたのボールは結構飛んでいただろう。これから先はもっと飛ぶ。スウェイ打法をおおっぴらに進化させられるからだ。

さて、目一杯の力でシャカリキにボールをひっぱたいたとき、右足が左足の方へ寄ってくるスイングがある。J.Cスニードと言ったって古すぎるから知らないだろうが、右足の寄り方が、左足の後ろへ回り込む仕草をする場合はいいが、逆は駄目だ。

 
同じように、目一杯打っても右足が左の方へ寄るそぶりも見せないスイングはいいスイングであるが、なぜか下手くそばかりが目立つ。不思議だ。 左足の早いヒールアップはレッスンプロの嫌うところであり、確かにそれはコントロールを乱す。

しかしそれは軟式流の力の出し方をしている場合に限られる。ところがスウェイ打法では左足だけのヒールアップはあまり起こらない。ヒールアップは両足ともに起こるので、レッスンプロは激怒する。

しかしこの場合のヒールアップはコントロールに何の悪さもしない。そもそもこの二つの力の出し方を区別できないから、変なアドヴァイスになるのだ。右膝の送りが早いとレッスンプロが注意する。

言われたとおり気を付けるとボールが真っ直ぐ飛ぶ。こりゃいいわ、と思ってはいけない、場合もある。普通の打法では強く打とうとすれば当然右膝は左に動く。ピッチャーに、ボールを投げた後右足を上げるなと言ったら、それまで時速160キロのボールを投げられたピッチャーでない限り選手生命は絶たれる。

時速160キロだがノーコンのピッチャーが、右足を上げないように投げると球速は130キロに落ちるが、ストライクが投げられるようになれば、そのレッスンに当座の価値はあるだろう。

しかし100ヤードしか飛ばないゴルファーに、60ヤードでも真っ直ぐ飛ぶ方がいいと教えること自体は間違っていないが、わざわざどうやったら60ヤード飛ぶようになるか教える前にすることがある。それを知らない者だけがこういうレッスンをするのである。

自分のレッスンの意味を知り尽くしていない者は、常識という名の看板を背負って生きるしか道はない。間違っていても責任は常識に負わせれば済む。楽と言えば楽だが、探検家の味わう感動は一生味わえない。

タイガー・ウッズとジャンボ・尾崎は典型的スウェイ打法であるが、これだけ偉大なゴルファーを見慣れているのになぜスウェイ打法がゴルフの主流にならないのか、実に不思議と言わざるを得ない。

しかしこのスウェイ打法の話を読んだあとは、多分プロゴルファーのスイングがどれもこれもスウェイ打法に見えてくる。私の経験によれば、スウェイ打法を使わないプロゴルファーを見つけることがゴルフ番組を見る楽しみにさえになるだろう。

ブランコを漕ぐとき、バックスイングが終わる寸前までは何にもしないでじっとブランコの揺れに身を任せるだろう。スウェイ打法のバックスイングもそれとよく似ている。じっと静かにトップオブスイングが近づくのを待つ。そしてトップの寸前か、あるいはトップそのものに達したとき、行動を開始する。それまでは静かに静かにクラブが動く。

糸巻きヨーヨーは風船ヨーヨーと違って糸であってゴムでないから、力はヨーヨーのヒモには蓄積しない。力は自分が作るしかない。この辺の事情は柔らかいレディースシャフトを付けたドライヴァーを振る時の気分を思い起こさせる。柔らかいシャフトが風船ヨーヨーのゴムと同じ働きをする。

非力でかつスウェイ打法を使えないならドライヴァーにはレディースシャフトを付ける方が飛ぶ。ゴルフマシンはまだこれをテストできるだけの構造を持ち合わせていない。従ってゴルフ屋はノーと言うだろう。ノーと言っても責任はないのだ。それがイエスになったとき、イエスと言う。知らなかったで全てを済ませるのが常識人の正義である。

レッスンプロは必ず頭を動かすなと言う。ゴルフに飛距離の大小が無用の長物であれば、その言葉は全く正しい。しかしゴルフはビリヤードではない。それほどは違わないけれど。

頭をスウェイさせない、つまり動かさないゴルフスイングは両足を閉じたまま平泳ぎするようなものである。今のところのゴルフスイングは、足で蹴るばかりだと泳法違反になる平泳ぎと同様、スウェイは一般にセオリー違反であるが、ゴルフスイングにスイング違反はない。

スウェイを、「してはいけないこと」から「しなくてはいけないこと」に180度変えることによって、ゴルファーはまじない師の呪縛から解放される。問題は誰が鈴を付けるかだ。このことは、今までのゴルフが間違っていたという意味ではない。時代が変わってゴルフのレヴェルも変わり、価値観が少しずつ動いているということである。

良識を作るのは知的な不常識人である。非常識はいけない。しかし不常識はしばしば未来を開く。そして不常識には勇気がいる。あなたにその勇気があることを祈る。


 
ボールを打つ力を、腰のひねりから、両足で地面を蹴る力に変えれば、スウェイ打法だ。頭は激しく上下する。アメリカではもう一つの方法が主流になっていて、それも腰は使わない。

テニスで膝の屈伸を使わずに速いサーヴを打ったのは、後にも先にもウィンブルドンチャンピオンのマイケル・シュティヒただ一人しかいない。すべてのプロテニスプレーヤは膝の屈伸で地面を蹴り、それでボールにパワーを与えている。

 
テニスのサーヴだってかなりのコントロールを要求される。それは実際ドライヴァーショットの比ではない。そのサーヴにスウェイ打法を使うのが常識なのだから、ゴルフにスウェイ打法を使ってはいけないという常識は、何千年もの間、走り高跳びに背面跳びが使われなかったのと同じ常識に過ぎない。筆者

« 0057 ウッドヘッドのアール | トップページ | 0059 リヴァースグース再発見 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 0057 ウッドヘッドのアール | トップページ | 0059 リヴァースグース再発見 »