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身長169センチ、シャフト44インチ、ライ角51度バッフィー、これが私のスイングの基本であり、このクラブはスイング原器とも言える私の宝物である。スイングに迷ったときにはこのクラブを握る。ミズノのゼファーのかなり古いモデルだが、古いためにネックが長く、しかも鉄だから曲げられる。そのおかげでライ角をフラットに調整することが出来た。

ゴルファーにとってどのクラブで練習を始めるか、あるいは始めたかは大問題である。私はビリー・キャスパーの2番アイアンで始めたのだが、今思えば大失敗だった。普通は5番アイアンだとか6番だとか言われるが、確かにクラブセット13本の真ん中なので数字的に悪くはない。身長が180前後で、プロになろうかというヤングはこれで始めるのもいいだろう。

シャフトの長さで考えた場合はバッフィー辺りが真ん中だろうから、バッフィーで始めてもいい。アマチュアはこのくらいのクラブで始めればスイングにあれこれと悩むことは少ないだろう。ただし問題はシャフトの長さよりはむしろライ角にある。

スイングのイメージはライ角が作る。それだけではない。スイングの全てが実はライ角にかかっていると言っても過言ではない。音楽家がピアノをやるのかヴァイオリンか、それともチェロかはたまたトロンボーンか、何がそれを決めるにせよ、その楽器が一番合っていることを祈るしかない。

ライ角を選ぶというのは音楽家が自分の楽器を選ぶのに似ている。一方で油絵で行くか彫刻をやるのかそれも自分で決めるわけだが、どちらもこなす芸術家も稀ではない。ライ角に応じたスイングイメージを幾つか持っていて、それを使い分けているゴルファーもいる。

どちらがいいかは個人差が大きくて決めることは出来ない。100メートルのチャンピオンと10種競技の王者のどちらがより偉大かを考えるのと同じで、それはその社会の歴史や文化に左右される深い話である。

音楽家が自分の楽器から離れるのはコンダクターに転向するような場合くらいであるが、画家が版画や彫塑に転向することはしばしば見られる。テクニックという点で、芸術性の高さを別にした場合、音楽家が一つの楽器をこなすことはそれだけで相当厳しいのだろう。だから彼らは子供の時に始めた楽器で通すことが多くなる。

クラブが一本しか使えないのなら、自分のライ角つまりは自分のスイングを見つけるのはさほど難しいことではない。ところが長さもライ角も違うクラブを13本も使い分けるのだから話はややこしくなる。ライ角はシャフトの長さが長くなるほどフラットになる。それは疑う余地のない当然で自然な話だと言われるが。

ちなみに私のアイアンは一頃ライ角が皆同じになっていた。わざとそう作ったわけではない。打ちやすいようにライ角を変え続けていたら、知らない間にそうなっていた。私の場合は膝の曲げ伸ばしでせり上がり舞台を作り上げ、その舞台の上にスイングを載せた格好だったわけだ。だからライ角も同じでなければならなかった。

当たり前というのはまず疑ってかかる方がいい。特にゴルフの常識は全く当てにならない。ゴルフで当てになるのは「ゴルファーは悩む」という事実だけであり、そこから、悩む以上はその先にきっと何かがあるだろうと予想できることである。

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