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バラエティショップと呼ばれる意味不明の店に出回る品物の特徴のひとつが、一つで二つ以上の用途に使えるもの、である。工具などでも何通りにも使えるような一見便利に見えるものが多い。

「便利」という語の反対語は常識的には「不便」だろうが、それはファストフードとスローフードのような意味合いも持っている。無論、おいしいのはスローフードだ。

玄関ドアの上の方に、タラバガニの足に似た機械が取り付けてあると、ドアが自動で閉まる。下駄箱の扉にバネと磁石を使った仕掛けがあって、閉めようとして扉を動かすと、最後は勝手にパチンと閉まる。

トイレの明かりのスイッチを押すと、明かりが3分で自動的に消えたり、つなぎ方を変えればトイレのファンが3分回って止まるように出来るスイッチがある。昨日買ってきた。

これらを便利だと思うのは、日本人として自殺行為である。子供の頃、障子(しょうじ)や襖(ふすま)を1センチ2センチ開けたままにしたり、水道の蛇口からぽたぽたと水が落ちるような閉め方をすると叱(しか)られた。アホだと言われた。

きちっと閉めるその最後の瞬間に神経が行き渡らないのは馬鹿だということである。かといってバタンと音を立てて確実に閉めたら、がさつで下品だと言われた。私たちのきめ細やかさの源(みなもと)は、そういう作法にある。

やりっ放しや無神経は御法度だった。最後まで細やかに神経を使うことに慣れていたからこそ、日本人がいた。不便が日本人を作っていたのである。

スイングの強度を加減できるスイングは、確かに日本人向きだし便利だ。そういうスイングが出来るならば、5番アイアン一本でゴルフが出来る。ある意味で、日本人の細やかな神経は、それに向いているだろう。

丸ちゃんの小技はタイガーに劣らないから、もしかすると世界一かも知れない。それは彼が日本人だからだろう。ゴルフクラブが14本でなく3本だったら、ゴルフは日本人に有利だった。これは冗談ではない。

しかし、クラブが14本あれば、アマチュアのレヴェルならば、大抵のショットに力加減は無用だ。アイアンの番手一番の違いは、グリーンの大きさに照らして十分な範囲にある。加減できないスイングでも十分間に合うのだ。

加減の出来るスイングと、加減できないスイングは、その方法はいろいろだろうが、私はそれぞれ持っている。不器用な方が、あるいは不便な方が、簡単で正確である。便利な方はより多くの訓練を要する。

私は昔、ウェッジのコントロールショットが大好きで、しかもうまかった。ところが、長いことゴルフをするうちに、だんだん不器用で加減の出来ないなスイングを身につけた。その方がずっと簡単だからだ。神経を使うスイングはミスも多い。

パットで方向に気を取られると、長い時間かけてラインを読んだことが無意味なほどにショートして、同伴者がしらけることがある。同様に、毎度細やかな神経を使うスイングをずっとしていると、どこかでミスをする。加減できないスイングにはそういうミスは起こらない。

一般にフルショットのミスは体の問題であり、コントロールショットのミスは心の問題である。ボタンを押すだけのスイングは、いろいろ細かい調整は出来ないが、ボタンを押すだけで済む。

他方、力加減を含む多くの調整が出来るスイングは、レコーディング調整室にある巨大なコンソールパネルのように、スライダーとスイッチが山のようにあって、うまく決まればいいが、失敗も起こるし第一使い方を覚えるのが大変だ。

ゴルフスイングで一番調整が利くのは手首だ。従って手首の形を出来るだけ変えなければ、そのスイングは加減の出来ない不自由なスイングになっていく。

不便が人を育て、不便がゴルファーを育てるのだが、この不便は互いに逆説になっているように見える。便利がどこへ行ったのか、ご存じか。筆者

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