« 0123 現代的ドライヴァーの打ち方の見つけ方 | トップページ | 0125 スイングプレーン型と神主型 »

届かなければ入らない、というのはパッティングの格言だが、ご存じのように、弱ければ入っていたという場面がないわけではない。真っ直ぐのラインで、カップをわずかに外したラインを走っているボールは、カップをなめて通り過ぎるか、くるっと回って出てしまう。この場合、ボールの勢いが弱ければ間違いなく入る。

真っ直ぐでないラインの場合は、強く打っても弱く打ってもラインが変わるだけだから、それ自体には特に優劣はないが、その場合でも、カップをなめるラインでは、弱い方は当然入るが、強ければ入らない。

ただし、強く打つ方が曲がりが小さいので、真っ直ぐを易(やさ)しさの基準点とすれば、曲がりが小さい方が簡単だという考え方が出来る。「届かなければ入らない」という格言はそれだけの意味を持ち、またそれだけの意味しか持たない。

この水掛け論を少し先へ延ばすと、ラインを外さない自信があるなら強めがいいし、自信がなければピッタリがいい、という話が出る。この結論は何の役にも立たないが、実際ゴルファーは、この話の通り短いパットは強めに打つ。

理論が見つからないときは実際を調べ、統計を使う。超一流のプロにパットの下手なゴルファーがいるわけもないから、ざっと思い出すと、比較的強めに打つのが多い。

パットだけが馬鹿にうまいプロには、たとえばジャスティン・レナードのような「ピッタリ」派がいる一方、青木さんのような「強め」派もいるが、どちらかというと「ピッタリ」派が目立つようだ。デイヴィッド・トムズも非常にうまいが、「ピッタリ」派に近い。

ゴルフはパットだと言うけれど、タイガーが特別うまいわけでもないし、パッッティングアヴェレージの上位にはマイナーな選手が多い。ただし勝った試合だけ見れば、トップ5に入らないとなかなか勝てないのも事実だ。

芝生のグレイン(芝目)とか、傾斜とか、いろいろ考えると強く打った方がいいようだが、強く打つ場合、カップを飛び越えてしまうほど強く打つのと、カップをなめて入らないほど強く打つのと、この両方が足し算になってハズレる。それに対して「ピッタリ」派のハズレはグリーンが読めないからハズレる。

当たり前の話だが、そもそもグリーンは読まねばならない。読みが深くなるには、読まねばならない。禅問答ではないけれど、つまり「ピッタリ」派でいるのが正しい。青木さんはたぶん心のピッタリ派で、打つことだけを強め派にしている。

« 0123 現代的ドライヴァーの打ち方の見つけ方 | トップページ | 0125 スイングプレーン型と神主型 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 0123 現代的ドライヴァーの打ち方の見つけ方 | トップページ | 0125 スイングプレーン型と神主型 »