« 0091 ゴルフをバクチにしないお話 | トップページ | 0073 Y型スイングとT型スイング »

上手なゴルファーと言っても様々で曖昧だが、特にアマチュアの場合は話がややこしい。プロは練習量も才能も何もかもフリーで戦うから、勝つ人が「上手」なのだが、オープン競技に出るようなレヴェルのアマチュアの中にはゴルフ場でひんしゅくを買うゴルファーが少なくない。

中部さんがどれほど強かったか忘れたが、十分プロになれただろうし、プロになっていたらもっと強くなっていたのは間違いない。しかしだからといってアマチュアとして「上手」だったとは言い切れない。もっと強い真のアマチュアがいたのかも知れない。プロ崩れは上手なアマチュアではない。

本人の意思であるか否かを問わず、ゴルフを始めて以来のトータルとして、練習球50000発につき一打付加、ラウンド数50回につき一打付加するという検証不能の条件でアマチュアのトーナメントが行われた場合、果たして中部銀次郎さんの出番はあっただろうか。アマチュアは練習時間の制限とラウンド数に限りがある中で、ただ考える時間と才能だけで勝負しなければならない。

そういう条件で勝つゴルファーが私が言うところの「上手」なアマチュアである。こういうゴルファーは決してゴルフ場でひんしゅくを買わない紳士である。ゴルフ場でひんしゅくを買わないシングルゴルファーならば、紛れもなく「上手」なゴルファーである。

プロになっていればもっと強くなれたと自分自身思えるアマチュアゴルファーというものは、そう考える時点ですでに上手なアマチュアの資格を持たない。そういうアマチュアが多すぎる。日本がアメリカナイズされるのはいいが、元々オープン競技が正当であるアメリカに真のアマチュアはいない。

コストパフォーマンスという、曖昧で厳密に定義のしようがない、しかし厳然と存在する言葉がある。2万円のステレオと100万円のステレオの音は、昨今の技術ではほとんど変わらなくなってきたが、違う。しかしわずかな違いしかない。

そこでその差98万円をどう見るか、であるが、この場合2万円のステレオのコストパフォーマンスは非常に優れている、と表現される。圧倒的財力でコストパフォーマンスという言葉の意味すら理解しない者にはアマチュアの資格はない。

かつては余裕のあるアマチュアの遊びだったものを彼ら自身がスポーツの体裁をなすまでに成長させ、専門のプロをも育てた。従って初期にはアマチュアがプロに技術を教えたわけだ。当時のアマチュアにはアマチュアという言葉自体が無意味だったろうと思う。俺はアマチュアだと主張するゴルファーが生まれた時点で、アマチュアの精神は崩壊した。

アマチュアゴルファーもコストパフォーマンスという曖昧な世界で戦ってきたし、それを誇りにしてきた。しかしものごとが大衆化すると、そういう曖昧で取るに足らない微妙な世界は破壊され押し流される。全ては結果という薄っぺらな味わいの世界に投げ込まれる。

中部さんの時代はその転換期であり、先駆けでもある。彼はアマチュアでない。しかしプロでもない。まさにオープンなゴルファーである。ところで「上手」なアマチュアは依然として存在する。腐らずにがんばってもらいたい。

新技術はプロだけに生み出せるのものだと思いこんでいる人が多くなって、実は新しい技術は今でも真摯(しんし)なアマチュアによってそのスタートラインに立つものだということを知らない。

今日のインターネットを作ったのはB.B.Sをスタートさせて遊んだ私たちアマチュアの世代であるし、多くの天体観測は今でもアマチュアの機動力にかかっている。プロはある意味で考える時間がない。それは永遠にアマチュアの独壇場なのだ。

« 0091 ゴルフをバクチにしないお話 | トップページ | 0073 Y型スイングとT型スイング »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 0091 ゴルフをバクチにしないお話 | トップページ | 0073 Y型スイングとT型スイング »