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ということで、私はL字型パターの練習を始めた。前向きパットは絶対的にいいパット方法で、疑問の余地はないが、気分を変えるのもまたいいことだ。前向きパットはゴルファー自身がマシンになることであり、遊びがないから疲れる。アイアンのフルショットと同じようにマシンになり切らねばならない。そこに遊び心の入る余地はない。

キャンバスに向かって筆で油絵を描く気分と、製図台に向かってロットリングで下書きをトレースする気分ほど違う。どちらが疲れるかは時と場合によるのだが、一方だけを続けるのは疲れる。L字のパターは前向きパターの対極にあるパターで、ヘッドのトルクが最大だからフィーリングだけで打たねばならない。

いま流行のパターはおおむねトルクを少なくしてマシンのように打つタイプだが、それは前向きパットに到底及ばない中途半端な製品である。前向きパットを理想とする私が言うのも変だが、L字のパターは真実前向きパターの彼岸にあるという点で、敬意を表するに値するシステムである。

パターはそれ一本で勝敗を左右する道具なので、その形状に関するルールはゴルファーの強い要求に押されて大きく変化して来た。パター以外の13本のクラブ全部のルール改正量に匹敵するのは自然な話かも知れない。スワンネックも私一人の戦いでなければ近い将来ルールに適合するはずのものだ。

L字のパターはパターの原点である。それが今でも使われているのは奇跡に近いことなのだが、しかしそれにはそれなりのわけがある。L字のパターはクラブヘッドがリニアに、直線的には決して動かないという事実を素直に了解している。

パターを真っ直ぐ引けだの、フェイスの向きを変えてはいけないだのと、アホが集まってやっているけれど、それらは幾何学を使えば空間的には可能だが、力学的には不可能な話だ。だからこそトルクのないパターが流行っているのだ。

パターをグルグルと回したりしながらバックスイングして打つ天才ゴルファーがいても不思議ではない。彼はそうやってフェイスの向きを関知するわけで、静かに引いていては見えるものも見えなくなる。それがL字のすごさだ。

どれほどうまいパターを設計しても微少な重力の作用から解放されることはない。同じ力で打たない限り、つまりいつも同じ距離を打たない限り、理想のパターは存在できない。しかし、そもそもフィーリングで打つL字のパターはすべてを了解しているのだから、慣れれば万能の道具になりうる。

慣れるとなれば、慣れる相手がわかりやすいほど都合がいい。今時のパターは慣れる相手を無視出来る度合いでいい悪いが決まってくるが、本質的に全部は無視できないという条件がある。それならばいっそそんなものを使うより、フィーリングで完璧なパットを打てるようになる方がいいと、L字のパターを使う職人ゴルファーは考える。

この方法に限界はない。今のパターがいかにうまく作られていようと設計の初めから満点は出ないと決められているわけで、これに不満を持つ有志がL字パターを使っている。パターの形式は最終的には前向きパットとL字パターとの勝負なのだ。

そこそこいいパットが出来ればいい、と、ポリシーがない、というポリシーを持っているゴルファーが新しいパターに飛びつくのは悪くないやり方だが、宣伝も仕事のうちのプロゴルファーが使っているからいいというのは勘違いだろう。それはプロの力量のレヴェルでいいのであって、素人の参考にはならないはずだ。

L字のパターを練習していると、つくづくパットは不思議だと思う。実際に使うパターとは別に、一本L字パターを持っていて練習の時に使ってみるのも決して無駄な話ではない。筆者

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