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0171 シャンク40年目の悟り

どこかに昔書いたことだが、ゴルファーの腕は肩から出ている。目からではない。目とボールを結んだ線分、視線そのものがスイングプレーンを作るとシャンクする。漫画ではないけれど目からビームが出てボールを見つめ、そのビームをクラブのように振ってボールを打つ。それは錯覚である。


スイングプレーンは浮き輪のようなものである。浮き輪は子供の両腕で脇の下に支えられ、その恰好(かっこう)で子供たちは浜辺を猛スピードで走り、海へ突っ込む。またスイングプレーンは昔懐かしいフラフープを思い出してみても想像できる。

腰の位置で回したりクビの周りで回したり腿(もも)の辺りで回したりと、いろいろな場所で回せるがスイングプレーンは腕が体に取り付けられている位置から動かせない。


ライフル射撃ではスコープをのぞき込んで的を狙う。つまり目から出たビームそのものが的を狙う。銃身とスコープは数センチ離れて平行に取り付けられている。そのわずかな誤差は経験によって補正されるだろうが、何百メートル先の的に対して誤差は数センチに過ぎない。しかしゴルフボールはすぐそこにある。


西部劇ではそうは行かない。腰の位置でライフルを連射する場面を見るだろう。あれはかっこいいが、むずかしい。相手を捕捉(ほそく)する目の位置と銃身の位置が離れている。どうやって狙うのだろうか。ゴルフスイングもそれと同じだ。ボールを見つめる視線とスイングプレーンは同じ位置、高さにない。


だから西部劇の要領で打たねばならないし、実際そうやって打っていることを自覚することが大事だ。シャンクはスイングプレーンのブレが起こすわけだが、突然起こり一度出たらひと休みするまでとまらないのを特徴とする。間違いとわかればすぐとめられるはずだから、シャンクは間違いではないのだ。


西部劇の腰撃ちの場合、視線と銃身の高さが違う。しかし視線との平行が保たれていれば胸に当たるはずが膝に当たるくらいだ。銃身をいかに水平に保てるか、左右の方向に間違いはないか、全てを考慮しなければならない。スコープ付きで目の高さで撃つのとは比べものにならないくらい難しい。


ゴルフスイングの場合、スイングプレーンの向きがブレるときは比較的気づきやすいが、大根の輪切りのように平行になったまま移動するとほとんど気づけない。向きのブレはたとえばインサイドアウトに振るとかプレーンの傾斜の角度が小さくなるとか、そういうことだから軸のブレを検出できるが、平行移動には軸のブレがないのでほとんど認識できない。


これがシャンクの不思議さを演出している。ほとんどのシャンクはこちらが原因で起こる。それを知っていると万が一出たシャンクも次の一打では出ない。普通は仮想のボールを本物の約1個分体に近いところに想像してそれを打つしか他に対処のしようがないのだが、本質を知っていればボールを打ち直せば必ず当たる。


大人が赤ちゃん用の浮き輪を無理矢理頭から差し込んで顔のところで窮屈になって目隠し状態になる。その浮き輪の位置は正しくない。それで水に入れば窒息する。浮き輪は脇の下にあって水の上に浮くものだ。ゴルフスイングは脇の下で回転する。


ボールを見つめるあまり、正確に打とうと真剣になるあまり、スイングプレーンが目の高さ、視線と同化したとき、シャンクは始まる。ゴルフスイングはライフル射撃のように的を狙う銃身と的を狙う目とが同じ所にあるスポーツではない。西部劇の腰撃ちなのだから、それを忘れてはいけない。


どれほどハンドアップして構えようが、腕は肩から出ている。したがってスイングプレーンは脇の下、浮き輪のところにあって回転する。ちょっとよそよそしく振るくらいがいいのだ。首を振ってイヤリングが揺れるような場所にスイングプレーンはない。 筆者

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