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寒い夜には火の用心の見回りがあって、カチッカチッという拍子木をたたく音が聞こえた。拍子木を知っている人がいなくなって、ゴルフグリップの説明に使えなくて困る。拍子木はヌンチャクくらいの大きさで、ただし多角形でなく角材である。

二本の角材を向かい合わせにぶつけて音を出すのだが、ぶつかる面がピタッと当たらないといい音がしない。当然親指はベイスボールグリップだと指がつぶれるから、ゴルフの左手のグリップのようになる。

ハリー・ヴァードンと言えばヴァードングリップで有名だが、それは右手の小指を左手のグリップの人差し指と中指の間の谷間にオーヴァーラップするスタイルとして世界的に認識されている。しかし私はそれを疑っている。

知識は自ら生み出すものだ。すでに出来上がっている、言わば知識の死骸を集める趣味はないので、事実は分からないのだが、ヴァードングリップがオーヴァーラップグリップだという説明には納得できない部分がある。

私はゴルフクラブを振り始めてからすぐに、右手の薬指と小指を両方ともオーヴァーラップするダブルオーヴァーラップを採用した。誰に言われることなく、ほとんど無意識にそういうグリップになり、何年も使い続けていた。

ハリーは小柄ではない。彼はスラッとした長身の紳士である。昔の本があって、今手元にないのだが、有名選手の写真と解説が載っていた。その写真を見る限り、彼は小柄には見えない。

ダブルオーヴァーラップは引っ掛けを防ぐためのテクニックではない。私がそれを使ったのは、ヘッドがフリーランしてヘッドが非常に良く走るからだった。右手のパワーが強すぎ、それで引っ掛けてしまうのを防ぐ、というヴァードングリップに関するありふれた話とはずいぶん違った理由であった。

つまり、オーヴァーラップすると、クラブをワシづかみに握った場合に出てくる右手小指の絶大なるパワーが、ゴルファーが本来予定しているスイングを根こそぎ壊してしまう。それを避ける意味がある。

それはそれでかなり価値のある話には違いないが、少なくとも今日のゴルファーが感謝感激するほどの偉大さはないと、私は考えていた。それよりも問題は左手の親指である。

ハリーが小柄でないとすれば、彼の手の平は私の手の平よりも大きい。私はイギリス人の手の平が大体どれくらいの大きさなのか、身長から察することができる。十分なレッスン経験を持っているからだ。

彼の手の平の大きさを考えるとき、ベイスボールグリップからオーヴァーラップに変えるのは簡単ではないと思う。試しにゴルフクラブを、グリップ部分を避けて、もっと細いところ、グリップよりも少し先のシャフトのところを直(じか)に握ってみる。日本人の手の大きさからすれば、グリップのサイズはそのくらいだ。

ヴァードングリップはベイスボールグリップから移行したということだが、ベイスボールグリップからオーヴァーラッピングに移行しようとした瞬間、左手の小指が邪魔になって握れなくなる。小指が届きにくい。

ところがこの操作を普通のグリップの太さのところでやると、あら不思議、握れるのである。簡単に言えば、左手の親指が邪魔になる。左手をワシづかみにしている場合、グリップが太くなければオーヴァーラップグリップはできない。ハリーの手は大きい。

この発見によって、オーヴァーラップするには自動的に邪魔な左手の親指をどかさなければならないことに気付いた。それで左手の親指はシャフトに添わせるようになった。

つまりヴァードングリップは左手の親指をシャフトに添わせることと、右手の小指をオーヴァーラップすることと、その二つを要素としているが、どちらが主体だったのか、そこが問題だ。

左手の親指をシャフトに這わせることは、つまり拍子木の握りであるが、私が思うに、それこそが進化したグリップの本質であり、もしもゴルフグリップを、初期の鷲掴(わしづか)みから進化させた最大の功労者がいるとすれば、それは左手の親指をシャフトに這わせることを発見した人物以外ではあり得ない。

それはハリーだったのだろうか、それとも。

私の結論はこうだ。もしも歴史上に、左手の親指をシャフトに這わせることを発見した人がいるならば、その人がゴルフの偉人である。もしもそれが特定されないならば、必然的に、あるいはなし崩しに、邪魔になった左手親指をシャフトに這わせざるを得ないようなグリップを開発した人が、つまりハリー・ヴァードンが偉大だということになる。

右手の小指のオーヴァーラップに存する価値は、左手の親指をシャフトに這わせることの価値の約八分の一に過ぎない。この比較値を、永年ダブルオーヴァーラップでゴルフをした経験を持ち、現在はあえて鷲掴(わしづか)みのベイスボールグリップでゴルフをし続けている私が言うのも不思議と言えば不思議だが、間違っているとは思わない。

ハリー・ヴァードンの偉大さを、右手の小指だと言わないで欲しい。少なくとも、左手親指の在処(ありか)を発明した人が特定されるまでは、ヴァードングリップの偉大さは左手親指をシャフトに這わせるところにある、と思っていて頂きたい。

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