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私がスワンネックを作り始めてから15年ほどになるだろうか。何年か前に所ジョージさんが同じコンセプトのクラブを作ろうとしたらしいが、ルール違反だということになって、それ以来どうしたのかは知らない。商売を抜きには何も考えられない世界ではあるが、クラブに独自の工夫を凝らして試してみるのは、へら釣りの浮きを試作するのと似ている。

ゴルフ場が禁止しない限り、あるいは一緒に回るゴルファーから苦情が出ない限り、個人で楽しむのに問題があろうか。ゴルファーはまずマナーを守ることが先決であり、ルールを守ってマナーを破る逆さま世界が一番困る。先日、私の体力と技術に適合した究極のパフォーマンスを生み出す53インチのドライヴァーを、ルール通り48インチに切ったが、誰も喜ばなかった。

つまり、そのクラブを使えば誰でも結果が良くなる、というわけではないので、面白がる人はいても文句は出なかったわけだが、世の中にはたちの悪い人もいるから、やむを得ずルールが生まれる。自分には使い切れないとわかっているクラブでも、物理的にその方が飛ぶはずの53インチのドライヴァーならば「違反だ」と称して使わせない。

そんな長いクラブを使いこなせるのは体力か技術かどちらかが優れているからであって見れば、それはスポーツの原理には反しない。スポーツは技と力の糾(あざな)える糸である。そんなにいいなら君も使えばと言うと、「違反だから」という返事が返ってくるだろう。技術も体力も無意味に制限を受けるならば、スポーツではない。

マナーは人の心から生まれるものだがルールは便宜に過ぎない。右側通行が正しいなら世界中右側通行になっている。プロゴルフ協会のルールはその世界の便宜であり、セントアンドリュースのルールはアマチュアの競技用の便宜である。従って53インチのドライヴァーもスワンネックもコンペでは使えないが、ただプレーするには問題はない。

日本人はルール無しに整然と生きられる社会を持っていたから、ルールを守るという性質は持ち合わせていない。だから日本人がルールを持ち出すのはそれが自分に有利になるときに限られる。不利になるときにはルールを無視する。これはゴルフのマナーに逆行する。

どうすればいいか判断に迷う場合、自分の有利にならない処置を選ぶのがマナーである。本来ルールとはどうしたらいいかを迷わなくて済むようにと生まれたものである。したがってたとえルールを知らなくても紳士淑女ならばゴルフは出来る。

自分に厳しい処置が間違いなく行えるからである。ところが、判断に迷う場合に故意に自分が有利になる判断をするたちの悪いゴルファーがいるのでルールはやむを得ず整備されていった。

そして一端ルールが出来ると、事情は急変する。ゴルファーはルールの範囲内で自分に一番有利な処置を探す。つまりどんなに身勝手でも構わない、という状況が作り出される。どんなに探したってルールの中であればいいのだから、これはもっともな話だ。しかし、そういうことをずーっとやっていると、マナーを見失う。

マナーは自分にきびしい判断を潔(いさぎよ)しとするが、その根本にあるのは本人のプライドだけである。ルールは身勝手であればあるほど結果的に最適な正しい判断を提供するが、その根本はルールを守る義務だけだ。法の合理性と真骨頂がここにある。

ルールとマナーは同じ結果を求めるために全く逆の方法を採る。マナーは自分の心の中の利己主義との戦いであるが、ルールは決められた範囲の中で身勝手の限りを尽くすわけで、方法が逆さまになっている。

使えないクラブの研究を笑う人は沢山いたが、自分にとって最適な長さのドライヴァーを見つけることは無意味ではない。ルールが48インチという制限を設けているのは、もしもその制限がなければ、いずれ体の大きなゴルファーが世界を支配し、ゴルフがラグビーのようなスポーツに変わってしまうからだ。

技(わざ)と力のバランスが、それぞれのスポーツのアイデンティチーであって、だからこそ多くのスポーツにそれぞれ競技者がいて、バライアティに富んだスポーツ界が出来上がっている。48インチという制限はゴルフのアイデンティチーを守るために必要であり、適当なものである。ただ、それはあくまで便宜であって、あるいは約束であって、ゴルファーの研究心を妨げるものではない。

53インチのドライヴァーが駄目ということは、考えようによっては48インチのウェッジまでは許されているということでもある。ウェッジに48インチは無用だと思うが、少なくとも私の体力と技術が、ドライヴァーには53インチが最適という結論を出したように、ウェッジにも最適の長さがあり、それはたぶん48インチを越えない。だから、それを探す旅に出ることは無意味ではない。

実際48インチのウェッジは普通のウェッジと同じ高さに飛び上がるが、飛距離は普通以上に出るはずだ。とすれば場合によって非常に便利な道具になる。打ち上げのセカンド、7番ではとまらないと思ったとき、このウェッジが使えるかも知れfない。凡庸な頭では思いもよらない考えだろうが、これは使えるクラブになるかも知れないと、変人の私は考えている。

ルールで使えない、売れないものに存在価値はないと思うのは、心の歪みである。麻薬などの闇市を思い浮かべるのかどうか知らないが、競技ならばルールは守らねばならない。しかしゴルフを楽しむときに細かなルールを考える必要はない。初めてゴルフコースに出たゴルファーがフェアウェイから打とうとしているとき、本人がティーアップしたいと言えば、私は反対しない。

ただしそれはルール違反だからコンペでは許されないし、そのスコアを自分のスコアと公言することは出来ない。言わばゴルフもどきを楽しむわけで、それだけ言っておけば済む話である。ルールの根本はマナーである。うまい道具を作って楽しむのはたとえそれがルール違反であったとしても、マナー違反にはならない。

スワンネックはセントアンドリュースのルールブックによって原理的に規制を受けていた。所ジョージさんはそれでスワンネックを引っ込めたようだが、スワンネックは元々大昔から作られては消えた不思議なクラブであり、熱心なゴルファーならば誰でも一度は作ってみようと思うシステムである。

私はルールを知らなかったが、私にとっては知っていても知らなくても同じことだ。要はスワンネックのチューニングをして、自分にとってどういうスワンネックが最適なのかそれを知りたかった。つまり53インチのドライヴァーと同じポリシーでスワンネックを開発し続けた。そして結果が出た。

その結果は私を大変驚かせた。私は自分用にチューンしたイージー・スワンをR&Aのルールと照らし合わせてみた。そして驚くべき事実にぶつかった。ルールはスワンネックを禁止していた。というか、ほとんど意味が無くなるように制限していた。その制限はある部分の長さが15.88ミリ以内でなければならないということであった。

それは単なる数値なのだが、私は試しに自分のイージー・スワンのその部分を計測した。3番アイアンからウェッジまで、10本あるイージー・スワンの計測結果は、平均して16.3ミリ、最大偏差約2ミリの中に収まっていた。

これがどれほど不思議なことか、皆さんにはわからないだろう。つまりルールは、あとほんの2ミリの調整で私のイージー・スワンをスワンネックとは認めないと言っている。それを作っていた私はずっとスワンネックを作り続けていて、しかもその分かれ目がほとんど同じだという、実に妙な話なのである。

ルールが何かを規制するには意図がなければならない。意義がなければならない。私はスワンネックを作っている。ただそのチューニングは初心者向けではない。私が長い年月を掛けて、自分の技と力に対して最適な位置にセットしたスワンネックが生み出した、言わばスワンネック成分とでも言うべき数値は約16ミリであり、それは間違いなくスワンネック成分である。スワンネックを作っている私が言うのだから間違いようがない。

ところで、ルールが言う15.88ミリという数値は、私とは全く無縁に、たぶんずっと前に決められた数値だと思うが、それはどうして15.88ミリなのか。そしてそれが私のチューニングし切ったスワンネックの数値と何でほとんど同じなのか。

15.88ミリの謎を解くために、イージー・スワンの3番アイアンは今R&A Rulesにある。そのうちに事実がわかればまたこの話の続きをしようと思う。筆者

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