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たとえば私はスライスとホックを打ち分けるとき、スイングプレーンの上下を使う。下から出せばドローするし、上から出ればスライスする。これは一般的な方法ではない。一般的にはフェイスの向きで打ち分ける。

あるいは、私はドローを打つときにヴァードングリップを使う。普段は10本の指全部がグリップに接するベイスボールグリップだが、ドローさせたいときには右手の小指を左手の人差し指と中指の上にオーヴァーラップする。これは一般とは逆の論理である。

一般には右手の力が勝ってボールを引っ掛けるのを防ぐ意味で右手小指をオーヴァーラップする、と信じられている。これをヴァードングリップと言い、ハリー・ヴァードンの発明とされている。

私は日本人なので、右手は左手よりかなり強い。一方でフォークとナイフの世界に住む欧米人には両手利きが少なくない。大抵どちらの手でも字は書ける。私が左手で書けば幼稚園並だ。

右手の強い私がベイスボールグリップで握って真っ直ぐのところを、ヴァードングリップにするとドローする。つまり私の場合右手を鷲掴(わしづか)みにするとヘッドの動きを抑制するということになる。右手が勝つと引っかけるのではなく、逆にヘッドの走りを抑える。勝ったか負けたか、怪しい話になるのだ。

非常識なことと常識が戦う場合、どちらの方法がいいかは統計的に示されるが、統計というのはマジックの多い学問で、99パーセントのゴルファーがやっている常識的方法のサンプル数は膨大だが、非常識な方はサンプルが採れない。

その方法でうまくいくゴルファーの人数だけを比べれば勝負にならない。こういうときのために方法論が考え出された。方法論とは、どちらの方法が正しいかをどうやって決めるのが正しいかを考える学問である。

「ゴルファーに愛を!」は常識と戦うブブックなので、方法より先に方法論がある。その基礎の上にこのブブックのタイトルは書かれている、と思う。

ホックを防ぎたい、あるいは行きすぎたドローボールに悩むゴルファーが右手を鷲掴みにしたら、何が起こるかはやってみなければわからない。もっとドローするだろうと信じているだけだ。信じているからやってみない。

何十人かに一人は、突然曲がらなくなるだろう。どうやってもドローしなくなる。それは偶然ではない。外から見てもわからないが、そのゴルファーのスイングが、何十人に一人しかやっていないスイングだったに過ぎない。

何万人のゴルファーがたった一つの方法で打っているわけではない。それを知らずに少数派が大勢に飲み込まれて迷っているに過ぎない。しかもこの少数派は一つではなく、スイングがいろいろあるように、沢山の種類の少数派がいるに違いない。少数派の合計は多数派よりも大きいに違いない。うーん。

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