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シャンクとの戦いが一応収束して、ようやく人並みにピンを狙うことを考えられるようになった。シャンクしないことだけに神経を集中してスイングしなければならない間、ボールをどこへ飛ばすかなどという高次元の話は夢のまた夢であった。

(〔終息〕と書くにはまだ早い。しかし数学以外にこういう言い方があるかどうかわからない。)

シャンクさえ避けられれば、ボールは真っ直ぐグリーン近くまで飛ぶんだから90を打つことはなかったが、ゴルフをしているという意味でのスリルが無く、ただシャンクをしないように打つばかりで、何となく寂しかった。ダーツは狙って投げるから初めてでも楽しいのだ。

タイガーは160メートル先のピン1メートルへボールを落とすことが出来る。意識的に、出来る。無論誰でも狙って打つわけだが、彼の場合うまくいけばラッキー、と言うわけではない。うまくいかないときの方が不思議なんだから、すごい。なぜだろうか。

私は再び考え始めた。160メートルの1パーセントは1.6メートルで、タイガーのショット精度に一致する。これが3メートルなら3センチで、ダーツを考えると3メートルの距離から3センチの的を狙う方が簡単そうに感じられるが、なぜなのか。

急いでいるから40キロ道路を70キロで暴走するのは、お金がいるから銀行強盗をするのと同じだと言うと、それはちょっと違うと普通の人が言う。私には同じに見える。しかしそんな私でも3メートルの距離から3センチの的を狙う方が160メートルの1.6メートルよりは簡単だろうと思うから、私の何かが間違っている。

それはたぶん比という概念のいたずらで、定量分析と定性分析の違いにも似て、人の体の大きさと感覚器の性能に対して3メートルと160メートルの差が考慮されないからかも知れない。

今更タイガーに勝てるわけもないが、どうやればタイガーになれるかは考えればわかる。まずわかることが大事だ。タイガーは天才である。しかし彼のやっていることはゴルフであり、彼が何をやっているのかわかれば、体力さえあれば誰でもマネが出来る、と考える。

天才とは、その時代に誰も知らないことを知っているだけで、その内容を知れば誰にでも当たり前のことになる。現代で微分ができるのは普通の人である。タイガーはどうやって160メートル先のピンにボールをぶつけられると信じられるスイングを発明したのだろうか。いや、それより前に彼は一体何を発明したというのだろうか。

日本人は「慣れ」という言葉が好きなようで、何でも努力と根性と「慣れ」で片づけたがる。素晴らしいショットも練習量の果てに身につけたものとしか考えられない。しかし努力や「慣れ」の果てでは解決しないことも多い。タイガーの発明が一般に知れ渡っても、同じことを実践するには「慣れ」が必要だろう。ここで初めて「慣れ」と根性が生きてくる。

日本人はレールさえ引いてあればどこまでもがんばれるが、自らレールを引くことが出来ない。がんばる体質が災いしたのだと思うが、がんばらない日本人が増えれば、代わりにきっと創造力の方が発達してくるだろう。どちらもなければお先は真っ暗だ。

注意深く見るとタイガーは熊手型スイングである。彼がショットをする前に素振りをするが、その素振りの前にクラブを腰のあたりまで引いてみる。マイク・ウィアーやクリス・ディマルコがやるのと同じように、少しバックスイングしてインパクト近傍のイメージを作っている。その時、彼の左手首はロックされていて、熊手型である。

熊手型はプロを含めたゴルファー全般に照らして希な打法である。一般的なスイングの典型はデイヴィス・ラブであり、場合によってはセルヒオ・ガルシアである。彼らがアドレスから腰の高さまでバックスイングすればその左手の甲は自然に開いてきて、正面から見れば手の甲は正面を向くが、熊手型は左手首の逆L字を固定しているのであまり開いて来ない。

この事実は私を混乱させた。神がかり的なショットを打つにはタッチが必要だ。それには毛筆のような繊細なタッチを持っている「ほうき型」スイングしかあり得ない。熟練すればするほど上手になる書道家のごとく、「ほうき型」に熟練すればそこそこ「狙う」スイングは可能なように思える。

タイガーのショットは毛筆のタッチのような繊細さを持っているはずなのにスイングはマジックインクである。もしかしたら毛筆フォントなのだろうか。それはすごい。書道家でなくてもきれいな字が書ける。しかし毛筆のフォントをどうやって作り上げたのだろうか。

前に書いたように160メートルは確かに遠い。ニクラウスのようにボールの前30センチに目印を付けたとして、目印から533倍先の目標に合わせることは至難の業(わざ)に見える。ボールの直径は約42.5ミリで、表面のでこぼこ、ディンプルは直径3ミリ前後の丸い凹みになっている。

たとえば目印に50円玉を想定すると、その直径は21ミリで、穴の直径は4.5ミリだから、もしもあなたがボールの先30センチの地点に目印として50円玉を置き、その穴とボールのほぼ中心、ディンプル一個以上ずれない範囲で照準を付けられたと仮定すると、誤差は2メートルになる。つまりピンから2メートル以内には打てる勘定だ。

この計算結果を私は疑った。酔っぱらっているので20メートルじゃないだろうかと思った。皆さんで計算していただきたい。もしもこの計算が正しければ、160メートルは案外近いことになる。50円玉の穴はちょっと大き目のほくろ程度であり、そういう目印を実際の場面で探すことは決して難しくはない。

そしてその位置を正確にセットできさえすれば、実際ボールのほぼ中央とそのほくろのどこでも、ギリギリ端で合わせたとしても、2メートル以内に打てるということである。無論その目印とボールを結んだラインに対して正確に打ち出さなければならないが、それは練習で簡単に、人によっては大変だろうが、とにかく出来そうな気はする。

ともかく160メートル先を狙うこと自体は案外簡単に出来ることがわかった。たとえ計算ミスでそれが20メートルだったとしても、それなら目印を半分の大きさにして、ボールの中心をもっと正確に把握するとか、そういう方法で160メートルに対して2メートルという範囲は恐れるに足りない距離だということである。

もしかしたら160メートル先のカップを狙うことさえ可能なのかも知れない。そしてまたもしかしたらタイガーはすでにそれをやっていて、失敗したのが2メートルなのかも知れない。目印を正確な位置にセットし、しかももっと小さくできれば、狙いは10センチのカップまで絞りきれる。後はライン通りに打つ練習をすればいいのだ。

私は今、160メートルを狙う方法について一つのレールを引いた。そのライン通りに打てるまでにはかなりの努力がいるだろうが、出来ない相談でもない。練習し熟練すれば、ライン通りに打つことは出来るようになるはずだ。2メートル以内という範囲に対するラインはさほどクリチカルなものではなかった。

正確にラインを描き出し、その通りに打てるように練習すれば、160メートルのベタピンは簡単である。この方法は神がかり的に微妙なタッチを必要としない。無論、ライン通りに打つためにタッチを使うゴルファーもいるだろう。それはゴルファーそれぞれ好きなように実現すればいいことで、方法は問われない。

夢のように思われたショットは、案外アバウトな目印通りに打つことで可能だという事実は、当たり前だったかも知れないけれど、私にしてみれば画期的だった。別の方法も沢山あるだろうが、レールを引く、という概念を持ったゴルファーがいないので、この種の議論を聞いたことがない。

道は開かれた。後はどうやって正確に目印を付けられるか、そして常にライン通りに打ち出せるように出来るのか、それはプロに習えば済む話だ。ショットの際に目印をつけるのは常識で、やらないゴルファーはいないと思うが、それはただフィールドの錯覚に落ち込んで方向を間違えないように気をつけている程度だっただろう。

30センチ先の目印が160メートル先の2メートルを保証するとは思いもよらなかった。しかし気をつけて正確に狙えば、目印はタイガーと同じショットを保証する。

実際練習場でボールを打つと同じところに落ちる。狙ったところとは限らないが、同じように打てば同じところに落ちる。これは結構多くのゴルファーが経験することである。目印に対して正確にセットすることさえ覚えられれば、結果は見えてくるだろう。あとは根性と努力と「慣れ」だけだから、それは日本人向きである。

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