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風で傘が吹き上げられて逆さになるのをオチョコになったと言う。楽しい話だ。閉じている傘の軸を高速で回せば傘は開いていく。マキシマムの状態で傘の平面は軸に対して直角になる。つまり究極のスイングはそうなる。

アメリカ人の知恵は腰の回転量と肩の回転量の差を問題にするが、愚かな話だ。どれほどの筋力があっても、どれほどの背丈があっても、結局自然の原理を越えることは出来ない。無限の努力を前提にすれば、物理的に理想的なゴルフスイングは一つしかない。人間に出来るかどうかは別だが。長期的視野で考えるとスイングはその方向へ進んでいく。

つまりパワーの伝達という観点から見ると背の低いゴルファーと高いゴルファーに有利不利はない。要はどれだけパワーがあるかないかにかかっている。コントロールは練習と努力で何とでもなるが、かと言って才能という力に勝てる保証はない。才能のあるものが努力しないでいてくれる保証もまた、ない。

唯一問題なのは体が大きい方がパワーも大きいことだ。体が大きければ自然に背も高くなる。背の高いゴルファーがパワーロスのあるスイングで勝てば、そのスイングが正しいということになる。

アメリカ人はアップライトとフラットの両方を研究する必要性を感じていない。というか、知らない。だからアップライトスイングしか研究しないし知らない。実を言うと私は昔から相撲取り体型のゴルファーがゴルフに一番適していると思っている。だがそれが証明される日は永遠に来ない。みんな背が高くなっちゃうから。

どういう打ち方の方がより安定して真っ直ぐに飛ばせるか、という話は最大のパワーが出せる物理的な理想スイングの後で考えることであって、理想スイングに競合する問題ではあり得ない。

しかし現実はまだまだ将来に楽しみを残している。遊びを残している。ゴルフスイングの姿が行き着くところまで行くのはかなり先になるだろう。それまではみんなでスイングを楽しめばいい。

「ゴルファーに愛を!」はゴルフの表舞台ではない。表は常に結果の世界である。強いゴルファーのスイングが正しい。先の読めない人々は毎日毎日起こる新しい出来事に感動する。誰にもその楽しみを奪う権利はない。ミステリーの結末を口にするようなものだからだ。

先日いまどきの中学校の算数の教科書を見る機会があって驚いた。例題にこういうのがあった。「家から2キロ先の駅へ向かって弟が分速80メートルで歩き出した。それから10分後に姉が分速240メートルで後を追った。姉は家を出てから何分後に弟に追いついたか」というのである。

この例題を読んで最初に気付くのは「駅まで2キロ」である。それに何の意味があるのかと、まずそれを考える。姉が弟に追いつく前に駅に着いた弟がちょうど入ってきた電車に乗ってしまうと話にならない。

私はレッスンの時に生徒に聞いてみた。すると思わぬ返事が返ってきた。この問題は弟が駅に向かうのかそれとも近くの公園に向かうのかで答えが違ってくる、そうだ。

それは理論的に無意味だが、普通の人にとってはおかしくはないらしい。世の中が不思議なのは実に当たり前なのだ。ゴルフの練習もまたその世界の一部である。
筆者

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