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テニスの方にケハイ(気配)の話というのを書いた。180ヤード先の小さなカップを狙って10インチにとめるのは果たして技術だろうか。偶然ではない。それはわかっている。コロガシの30ヤードをカップインさせるのは技術である。それはわかっている。しかしどう考えてもそんな遠くの目標へカップインしかかるほどのショットを打つのが技術とは思えない。

私はタイガーが打ったあの一打を忘れられない。最終ホール、日没前後の18番。残りはたぶん180ヤード近くあった。打ち下ろしのショットがピン数十センチにピタリととまった。テレヴィでは明るさがあったが、それはカメラの性能のせいで、実際その場にいたギャラリーはプレーが出来る明るさではないと思っていただろう。

あのショットは何だったのか。もしもそれが技術だとすれば、タイガーにとって180ヤードはサンドウェッジのコントロールショットと同じ感覚ということになる。ウェッジで残り80ヤードならば、練習しているプロならばカップインを狙って打つことを不思議とは言えない。入る入らないは別にして狙うこと自体は出来る。女子プロはもっとうまいかも知れない。

しかし距離が長くなれば空気の影響が大きくなる。それを読み切るのは簡単ではない。私はフェアウェイウッドが好きでバッフィーの200ヤードもサンドウェッジもグリーンに乗れば同じ距離残る。ウェッジが下手だということだろうが、それにしてもバッフィーでピン1メートルに打つことは偶然を頼る以外には出来ない。

狙うとは何をすることか、考えさせられる。180ヤードをカップインさせる気で打てるゴルファーとは、何だろうか。集中力という言葉がある。これは不思議な言葉で定義もなければ測ることも出来ない。しかしあるのだろう。

私はパットが下手だが、距離に無関係に「入る」と思うことが時々ある。実際にそれは入る。普段50センチを外し続ける私が4メートルを「入る」と言って入れるのを見て不思議がられる。

集中するのに必要なのは「入る」と思うことで、「入る」と思えるためにはその裏付けがなければならない。ただ「入る」と信じようとしても集中力は発揮されない。パットが下手な理由はラインが読めないことだ。

たまにラインが見えたときは「入る」と思えるし、入る。つまりグリーン上の経験が少ないので、あるいは何か特別な事情で私はラインを読めない。だから集中力を発揮できない。

200ヤードを3フィート以内に打つ自信をタイガーは持っている。彼にとって外れる方が不思議なのだろう。集中力は自信から生まれる。自信は確信から生まれる。確信は練習から生まれる。

ということは、200ヤードを3フィート以内に打つ練習をすればいいだけの話だ。それは普通のゴルファーが50ヤードをベタピンに打つ練習をするように、それと同じことを200ヤードでやるということだ。

そんなことは無理だとあきらめないでいられるなら、出来るだろう。しかし相当の練習を必要とする。才能はいらないかも知れないが、そんな高い目標を設定して練習すれば変人と言われるだろう。

タイガーは変人だった。私も変人だが何のお役にも立てない。念力は結局練習から生まれるという、平凡な話になった。うーん。筆者

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