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私が執拗にライ角を自分の身長に合わせようとするのは単に神経質だからではない。ライ角を合わせてあればボールの行き先に関係する多くの要素からライ角を外して考えられる。素人のレヴェルではクラブのバランスやシャフトの硬さ、ねじれる量などはボールの行き先にほとんど影響しない。と言うか、それよりもスイングの問題の方が桁違いに大きい。

ところがライ角は素朴に考えただけでもボールの行き先をはっきり変える力を持っている。つま先上がりから打つのと同じだからだ。これさえ正確に合わせておけば、ボールの行き先に責任があるのはスイングだけになって話がやさしくなる。

それで私はライ角に神経質になっている。これは私がゴルフのごく初心者だからかも知れない。専門家になれば好きなライ角というのが考えられるようになって、わざと不自然なライ角のクラブを使うことも可能だ。しかしそれはライ角の影響を知り尽くした先の話である。

ライ角はボールが飛び出す方向を変えてしまうが、地面という安定した基礎に対して、その地面そのものが斜めになっていることだけ考えればいいなら、それは簡単に計算できる問題であり、イメージするのもさほど難しくはないから調整出来る。しかしライ角の幾何学的な不正確にはもっと別の非常に大きな問題が生じる。

たとえば立っている人が後ろから声をかけられて顔を90度回せば景色は一変する。しかしたとえば水中めがねで水の中を見ているときに頭を90度回してもまだ水中を見続けているし、景色はさっきと向きは変わるが動かす以前に見ていたものはまだ見えるだろう。ライ角90度とゼロの間にはそういう違い、関係がある。

ライ角が小さいほどボールは真っ直ぐ飛ぶが飛距離は落ちる。それで市販のドライヴァーには正常値よりも小さなライ角はなく、全てが正常値よりも大きく作られる。プロが自分のスイングスタイルに合わせて作る場合や身長の高いプロだけが幾何的に正常なライ角のドライヴァーでゴルフをしている。

無論ライ角の幾何的な不当を無視してもゴルフスイングは完成する。与えられた道具で真っ直ぐ飛ばせるように練習すればいいだけの話だ。理屈はないし必要もない。多くのゴルファーはこの手でゴルフスイングを作っている。悪い話ではない。インパクトだけを見つめるスイングは、ある。悪い話ではない。

そういう方法は間抜けなレッスンが手を出せない聖域としての意義もあるだろう。私はそれもまたスイングの旅路の一つだと思っている。練習だけがスイングを完成させる。完成したスイングは思いのままにボールを打てる。フェイスの向きを思いのままに出来るからだ。

ただひとつ、なぜライ角の立っているクラブでドローさせずに真っ直ぐ打てるのか、誰も知らない。知らないでゴルフが出来ている。私にはそれが不思議で仕方ない。筆者

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