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上手なアマがプロゴルファーになる。それは確かだ。しかしだからといってアマチュアがプロのうしろを歩くわけではない。天文学者という職業が、星を眺めるのが好きな少年少女の将来であったためしはほとんどない。

それは星空に無縁な数学好きの子供たちの将来である。しかし一方で新星を発見するのはほとんどが小さな頃から星を見るのが好きなアマチュアである。

プロの電子回路設計者は彼等の技術の限りを尽くして安い部品で完璧に動く製品を設計する。何万何十万個も作るのだから当然だ。ところが私たちアマチュアが欲しいものを作るときはたった一個だからどんなに贅沢で高価な部品を使っても気にするほどではない。

プロが、必要な部品や道具がなければ作れないと思い込むとき、アマチュアはそれをあり合わせの道具と部品で何とか作り上げる、というようなことがしばしば起こる。プロゴルファーは凄腕(すごうで)であり、その腕は道具とも言えるし部品とも考えられる。彼等は練習によって必要な道具や部品を手に入れている。

才能によって同じ練習量で手に入れられる道具や部品の量が変わる。プロの意味、すごさはそこにこそあるだろう。練習量が足りないか、あるいは才能がなければプロゴルファーとしてやっていけるだけの部品や道具は調達できない。才能と時間、それがアマチュアとプロゴルファーを分ける。

才能と時間が足りなければプロとしてやっていくために必要な最低限の部品と道具は揃わないが、ここにコストパフォーマンスという奇妙で不思議な概念が登場する。少しでもいいものが欲しいと思うのは皆同じだが一般的には価格を無視することは出来ない。

この頃は出力が50ワット出せるアンプを750円で作れる。ワット当たり15円だ。しかし51ワット出るものが10万円だとしよう。たった1ワット増えるだけなのに99250円も高くなる。これではほとんど誰も買わない。

誰もが考えるのは50ワットのアンプを二つ使うことだ。そうすれば100ワット出力のアンプが1500円で手に入る。しかしこれが音質ということになれば話は変わる。ほんのわずか、誰もわからないくらいわずかにいい音がするというとき、100倍の値段になっても買う人がいる。プロの世界というのはたぶんこういうシステムで出来ている。

コストパフォーマンスという概念はアマチュア的である。限られたコストの中で最高のパフォーマンスを見せられればそれが最高になる。プロはお金に糸目を付けず、とにかく最高のものを求める。そこがプロのプロたるゆえんだ。

もっとも人間の寿命も限りあるものだから、広い意味で言えばプロもまたコストパフォーマンスの中で戦っているとも言える。それにしても、今のベストアマチュアにこのコストパフォーマンスの精神があるかどうか、私は知らないが、プロ崩れのつまらないトップアマがいないことを祈る。

クラブをたった一本だけ持ってプレーする場合、プロはたぶん5番アイアンあたりを持つだろうと思う。私ならはバッフィーを持つ。それは飛距離の違いだと思うが、もしもこの勝負をトップアマとプロがやった場合、アマチュアは勝たねばならない。なぜかというとプロはプロとして持っている道具も部品も使わずに戦うのだから。

勝てなければそれはトップアマでも何でもない、ただのプロ崩れである。勝てないプロよりいい生活が出来ると踏んだ情けないトップアマに過ぎない。プロは道具なしには手も足も出ないが、アマチュアはそこを何とかする。

それがアマチュアであり、創造性と柔軟なセンスが生きる舞台である。私たちアマチュアは十分な道具を持たない。だからプロにはなれない。しかし不十分な道具だけで戦うにはそれなりの方法がある。それがプロのやり方と同じであるはずはない。

50ヤードをドライヴァーで転がす。それは十分な道具を持っているプロには無用な方法だ。しかし出来うる限り簡単で多くの練習量を必要としない範囲で最高の結果を出す、言わばコストパフォーマンスで考えるならそれが一番いい方法なのだ。 筆者

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