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アマチュアのスイングとかプロのスイングとか言うのはおかしいのだが、そこにゴルフというスポーツの特殊性がある。たとえばスキーを趣味にしている人たちにとっては、まず滑ることが楽しい。

もっと急な傾斜を滑り降りてみたい、と思う。さらにもっと速く滑りたいと思う。そしてポールが立てられ、そこをうまくくぐり抜けて滑り降りる速さを競うようになる。そこにプロとアマチュアとの隔たりはない。ただ速いか遅いかだけだ。

考えてみると、ほとんどのスポーツはそういう経緯(いきさつ)で成り立っている。ゴルフだって、子供の頃ならば同じだ。この話にはテニスコーチとしての感慨が含まれている。日本のテニスを世界レヴェルにするには何が必要かという問題の答えを求めて海を渡った私の原点もまた、そこにある。

ご存じないかも知れないが、日本のテニスはジュニアレヴェルではずっと世界的なハイレヴェルを維持している。ところが16歳を過ぎると世界レヴェルから取り残され、勝てなくなる。なぜか。
日本人はまじめだったので、才能はあるがちゃらんぽらんのプレーヤーが、才能はないががんばるプレーヤーに勝てなくなり、がんばるプレーヤーだけ生き残る。しかし、才能なしに世界と戦うことは不可能だ。

これはテニス界だけの話ではなく、官僚の生き様にも似て、がんばるだけが才能で、それ以外何の才能もない人々が官僚になり、日本を動かすという、そういう構造と同じだ。

日本が発展してきた理由は優れた才能に恵まれた人々が官僚にならずに野に下ったからこそだろうと、私は思っている。ゴルフでも、プロとして世界的になるには才能のあるなしが全てで、がんばるだけでは世界に通用しない。官僚は日本国内限定の賢者、ということだ。

優れたアマチュアゴルファーというのは官僚と同じで、才能なしに、ただがんばるだけで一番になれる世界に生きている。ということは、初めからプロゴルファーになる予定なしに、上手なアマチュアゴルファーになるための道は、誰にでもその門戸を開いているということだ。

アマチュアとして強いゴルファーになりたければ、プロと違ったゴルフスタイルを求められる。そのゴルフスタイル、スイングとはどういうものか、ゴルファーは考えねばならない。

100万円のオーディオ装置と3千円の装置との比較、というような話を書いたが、出力1ワットあたり5万円だった時代から、1ワット10円の時代が来ても、まだ100万円のオーディオが売れる。何ワットでもないのに。

だが、その性能の差がわかる耳を持っている人は地球上に数人しかいないだろうし、そういうすごい耳は、どんなに美しいヴァイオリンの音色も、紙が振動している音にしか聞こえない、という意味のすごさなわけで、それならお金は別の用途に使う方が合理的だ。

プロのスイングにコストパフォーマンスがないわけでもないが、そのレヴェルはアマチュアとは違う。プロの試合で勝てるだけの技術と知識が入る大きさの風呂敷を広げざるを得ないからだ。だからコストを無視してかなり危険なスイングで最高のパフォーマンスに人生を賭ける。そこがプロのおもしろさだ。

アマチュアにそんな賭は必要ない。パープレーを目指して、そのために一番手っ取り早い方法を考えればいいわけだ。万が一あっという間にその目標を達成してしまったら、プロになって勝負するか、それともアマチュアのまま過ごしてゴルフメイカーが無料で提供するクラブやウェアーをタダでもらって喜んでいればいい。 

道が違えば、それぞれの目的地も違うし、その目的地への最短経路も違う。ドライヴには必ず目的地があるが、そこへ行くためだけならばルートはひとつだが、ドライヴの楽しみは目的地へたどり着くことではない。そこまで行く過程を楽しむものだろう。

だからアマチュアはO.Bを恐れずに、毎度おきまりのO.Bでその日のラウンドをスタートさせる。それはそれでいいのだ。ただ、素晴らしいスコアを目的地に選ぶのならば、そして目的地へ出来るだけ早く到達したければ、プロとは違った、しかし最善のルートを選ばなければならない。
プロのスイングをマネしている場合ではない。 筆者

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