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グリーンエッジから20メートル先のカップに向けて転がしたボールが3メートルショートするのと1メートル以内に寄るのとは大きな違いだ。それはドライヴァーの飛距離に換算してどれくらいの違いと同等だろうかと考える。

371ヤードのパー4で、210ヤードのドライヴァーショットと230ヤードのドライヴァーショットを想定した場合、グリーンまでの残りはそれぞれ161ヤードと141ヤードになる。私の場合、この距離の差に大した変わりはない。

5番でフルショットするか、6番を軽く打つか、あるいは4番を軽く使い、7番でフルショットするか、結果に大きな違いはない。パットのうまさにも依るが、コロガシの結果が3メートルと1メートル以内の違いはとても大きく、セカンドショットに換算すると、残りが120ヤード以内か、160ヤードか、くらい違う。

ゴルファーによってそのあたりの感覚はまちまちだと思うが、考えれば誰にでも決まった違いがあるはずだ。つまり私の場合なら、20メートルのコロガシを1メートル以内に寄せようとする気分は、ドライヴァーを残り120ヤード以内に打とうとする気分と同じでなければならない。
ところが、371ヤードのパー4で120ヤード以内に打つには251ヤード打たねばならない。私の場合、風が追っていれば打てない距離ではないが、無風だとか、向かっていれば無理だ。

そのとき、がんばって飛ばせるだけ飛ばす意味は全然、ない。私はそれを知っている。よく知っている。だから余計なことはしない。ドライヴァーではそういう意味の、可能不可能が歴然として存在する。

一方でコロガシは20メートルでも30メートルでも、練習さえしていればいくらでも1メートル以内へ寄せられる。ウェッジのピッチショットのような曲芸ではないのだから、簡単な練習なのだ。無論、常にカップインする程うまくなるには才能も必要だが、全く才能がなくてもかなりのレヴェルまでうまくなれる。

そこがコロガシの優(すぐ)れたところだ。よーく思い出していただきたいのだが、ピッチショットがベタピンに寄ると、すごい、と思うでしょ。けれどもコロガシがベタピンに寄っても驚かない、でしょ。

ピッチショットは天から与えられた才能のように感じられるから、すごいと思うのです。実際その通りです。一方、コロガシの方のベタピンは偶然だと思うんです。しかしそれは違います。

コロガシは練習でいくらでもうまくなれるんです。才能はいらないんです。私はコロガシでゴルフをしているのですが、私のゴルフを知っている人は、誰も私のベタピンを偶然とは思っていません。寄って当たり前の、技術だと思っています。

しかしこれを才能とも思ってはいないようです。ただ私がずっとコロガシでゴルフをしてきたことを知っているので、それでうまいのだと、そう思っているのです。確かに半分は当たっています。

しかし仮に私がずっとピッチショットを使ってゴルフをしてきたとして、20メートルや30メートルをピッタリ寄せられるピッチショットは出来ないでしょう。私に言わせれば、偶然を除いて、30メートルをベタピンに打てるピッチショットは、ドライヴァーで280ヤード打てるのと同じ、要するに才能なのです。

コロガシは才能ではありません。20メートルのコロガシを3回に1回カップインさせられるなら、それが才能なのです。常にベタピンへ転がせるようになるのに才能はいりません。 本当です。読者の皆さん、コロガシをよろしく。 筆者

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