« 0539 確率型パッティングフォームではボールはカップに入らない | トップページ | 0541 30センチのパターマット2(右腕一本のパット) »

私はしばしば40センチのパットを外す。打ち損じではない。練習の虫だから、思った方向へ打ち出せないミスは滅多にない。しかしボールはカップに入らない。傾斜がきついわけでもない。幾らか左右にスライドするラインだが、さほどでもない。

強く打てば入るかというと、それがそうでない。傾斜が右ならば、カップの左ギリギリを狙って打つが、入らない。そのまま通り過ぎてしまうか、惜しくも右へ外れる。何というか、ボールがブラウン運動をしているような、実に不愉快なのだ。

何度も言うが、私のパットの練習量は半端ではない。傾斜が全く読めていないのでもない。まるでボールが磁石のプラスで、カップがマイナスのように、カップのすぐそこでグイッと曲がって入らないのだ。

そういう苦しみを味わっているゴルファーは私だけではないだろう。問題は何か、ずっと考えている。プロのトーナメントで、解説者が、パットしたボールの転がりがいい、と言うことがある。

ボールに動力はない。パターで打ったときの初速が同じならば、その後のボールの転がりに何の違いもあるわけがない、はずだ。しかし実際、ボールの転がりがいい、と言う解説者のコメントには納得の出来る画面がある。なぜだろう。

たとえば、ボールがグリーン上に張り付いたように、実に滑らかに転がる感じがすることがある。グリーンが滑らかで平らだからでもない。パットの名手が打ったボールはグリーンに張り付いて転がる、ように見える。どうしてそう見えるのだろうか。

パターにはライ角がある。普通は数度のライ角にセットされている。ボールを打ったときに、ボールにはスピンが掛かるだろう。バックスピンが掛かる打ち方もあれば、順回転のスピンが掛かる打ち方もある。

同じ打ち方をしても、距離が変われば打球する強さも変わる。それにしたがって同じパターを使った場合、打つ強さによってスピンの量が変化し、場合によってはスピンの方向が逆転することさえある。

グリーンに張り付くように転がるボールはどうして生まれるのか。雪だるまを作るとき、小さな雪の固まりを転がすうちに、雪だるまは大きくなっていく。ゴルフボールの直径は大体43ミリだから、一回転で135ミリ、つまり13センチ5ミリ転がる。

スリップが全くないとして、カップまで1メートル35センチのパットで、ちょうど10回転してカップインするボールを打ったとしよう。ちょうど10回転でカップインするボールと、それ以外でカップインするボールと、何か違うことが起こるのか、起こらないのか。

あるいは百歩譲って、出だしのところで回転速度が変化したとしても、やはり10回転でカップまで届いたボールと、それ以外のボールと、カップインするかしないかに、違いはあるやなしや。

私はパットが下手だが、練習して方向にミスはなくなったし、距離感もそこそこのレヴェルに達していると思うが、ボールはカップに入らない。それで、次の練習に何をすればいいか、考えていた。

ボールの転がり方を考えていた。方向も距離感も卒業して、あと残るのはプロの言う、「転がり」という、意味不明の、しかし実体のある怪しげな話だけが残った。それで「転がり」の練習を始めた。

その練習に170センチのパターマットは必要がなかった。パターマットのカップの手前は登り傾斜になっている。カップから30センチにボールを置いて打つ。30センチは目をつぶっても入る距離だが、いろいろな打ち方で、その入り方、転がり方を見ていると、おもしろいことに気付いた。

打ち方によっては、ボールがカップに落ちると同時に、あるいはそれよりも早くパターヘッドがカップに到達する。そういうとき、ボールの転がりがとてもいいような感じがした。横峰さくらプロほど極端ではないが、ボールより先にヘッドが走っている。

呂さんのドライヴァーショットを思い出した。映像を見る限り、ドライヴァーヘッドがボールの先にあって、ボールはその後を追いかけるように飛びだしていく。不思議な光景だが、最近、ローリー・マキロイが呂さんと同じようにボールを打っている写真の話を書いた。

それが何を意味するのか、まだわからない。わからないが、そういう感じになるパッティングフォームを身につけて、何時かゴルフ場で試してみたいと思っているし、その前に、測定器を作って、そういうフォームで打ったボールの、ボールの回転数と距離がどうなっているのか、調べたい。 


たった30センチのパットでも、出来るだけ弱く打って届くようにがんばっていると、だんだんヘッドがボールに先行してカップの上を通過するようになる。それは打った直後にヘッドをとめる打ち方をするゴルファーでも、きっとそのままヘッドを動かしていれば同じことが起こるだろう。

そういう感じが出たあとで、170センチから打つと、ボールの転がりがよく、最後にひと伸びするように見える。筆者

今のところ熟読版を読んでいるのはたった一人、あなただけです。ありがとう。今日は私の誕生日ですが、こんなに先の見えない、苦しい誕生日は生まれて初めてでした。

6月の墓参りはまだ延期状態で、ノーリツの給湯器もまだ治らず、家でお風呂に入れない状態が続いています。しかし、今日もっと悲惨な話を聞きました。家のすぐ近くに大きな公園があります。花壇の花がきれいで、それはヴォランティアが植えているのですが、植えた直後にそれを盗んでいく人がいるのだそうです。

盗んだ花を売ってお金に換えるというなら、昔からいる普通の泥棒ですが、それにしては量がそう多くはないので、自分の家で楽しむために盗む人がいるらしいのです。日本人の心がそこまで貧しくなったとは考えてもいませんでしたが、それが現実のようです。

経済的な貧しさがそうさせるのではありません。経済的な貧しさは、人々の心の貧しさ、身勝手やわがままが作り出すものです。先に経済があるわけではありません。これは歴史の事実です。

人が身勝手になるほど、今で言えば自動車保険の保険料が高くなります。それがおいしい商売なので、世界中の会社からターゲットにされているわけです。30年前、オーストラリアで車を持っていた頃、保険料は4000円でしたが、今は数倍になっています。

それはオーストラリアの、特に若い女性達、ヤングママの運転が身勝手になってきたからだと言われています。人々が身勝手になると無駄が多くなり、国は貧しくなるのです。

さい銭箱がうまく行けば、墓参りに出かけられるかも知れないと思っていましたが、この話を聞いて、無理だと思いました。日本人は、もはや昔の日本人ではなくなっているようです。どこまで落ちていくのか、それを計算して生きるしかないのでしょう。

« 0539 確率型パッティングフォームではボールはカップに入らない | トップページ | 0541 30センチのパターマット2(右腕一本のパット) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 0539 確率型パッティングフォームではボールはカップに入らない | トップページ | 0541 30センチのパターマット2(右腕一本のパット) »