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0340 ウェッジなしのゴルフ2
グリーンまで40ヤードでグリーンの奥行きが40メートルと言えば、60ヤード転がすとほぼピンまで届きます。1割引でも2割引でもまだまだグリーン上です。間違って3割高く買ってしまってもまだ余裕はあります。3割引いたときでも、グリーンギリギリには乗るのです。

コロガシは普通の定規でメモられています。長さが半分なら力も半分という、普通の感覚でやっていけるのです。細かく言えばそうではありませんが、大体はそうです。

本当には人の感覚は自乗根になっていて、たとえば騒音が倍になったと思えば、実際の音のパワーは4倍になっていたりするのです。だから感動を倍増させるには4倍の力がいるわけで、それでシリーズものの映画なんかは二作目以降だんだんおもしろくなくなっていくような感じがしますが、実際はそうでもないと思います。

音量ヴォリュームはそういう人の感覚に合わせて作ってあって、つまみを回した感じと音の大きくなり具合が自然になっていますが、数字的には奇妙なカーヴで変化しているのです。それにしてもなお、コロガシにおける距離と力加減の具合はほとんど直線的で、迷うことはありません。

ところがウェッジはそうではないのです。ウェッジで空高く打つ場合、もし仮に真上に打つとどうなるかというと、10の力で打っても1の力で打ってもボールは同じところへ落ちます。真っ直ぐ上がって真っ直ぐ落ちるわけです。力加減が全く飛距離に影響しないのです。力と距離が自然感覚で同期するコロガシとは大きな違いです。

それはすばらしいことでもあり、また恐ろしいことでもあります。ロフトの意義がもっとも顕著に現れるのがウェッジです。フルショットの場合、力加減の差、わずかな当たり方の差などは距離にほとんど影響しません。

ですから残りの距離がちょうどフルショットで飛ぶ距離に近ければ、これほど正確な距離を打てるクラブはほかにありません。ところがロフトには落とし穴があります。

コロガシの定規は等速運動のように等間隔で刻みが入っています。ですから100メートル転がすのと90メートル転がすのとでは力加減もほぼそれに比例して90パーセントの力でいいことになります。ですからイメージ的にシンプルです。

しかしロフトの大きなクラブになるほど、ロフトの意義が大きくなるほどその定規は直線的な定規からかけ離れていきます。言わば対数目盛になっていくのです。歴史年表を想像すれば、こうなります。

現代から石器時代まで長さ30センチの紙に年表が書いてあります。江戸時代とか、明治時代とか、右へ行くと弥生時代、石器時代と書かれていてわかりやすいのですが、もしも江戸時代の幅が2センチに書かれていれば、石器時代は本当は5メートル以上の幅になるはずです。

けれどもそんなに大きな紙は使えないので縮小してあります。年月に比例して等しく縮小すると30センチのほとんどが氷河期になって、真っ白な紙に氷河期とだけ書けば終わりです。

ウェッジのフルショット100ヤードはどう打っても氷河期に落ちます。しかし半分の50ヤードは表の上では見えないくらい小さな幅ですから、0.1ミリずれても当たらないでしょう。こうしてウェッジはフルショットからちょっと短くなっただけでも桁違いに難しくなっていきます。

私はゴルファーがウェッジを打つのを見てうまく打てたときに距離が合わなくても上手なものだと感心します。距離を合わせるのは難しいはずだからです。しかしそれ以前に、うまく当たらないことの方が多いのではないでしょうか。私がフルショット以外でウェッジを持たないのはそういう理由からです。筆者

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