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グリーン上に真っ直ぐなラインはほとんどない。強く打つほど曲がりの影響は小さくなるが限界もある。最も弱く打って入るラインと、最も強く打って入るラインは餃子のような三日月型のエリアを形成する。そのエリア内ならば方向と力加減次第でどのラインでもカップインする。

つまり力加減と方向性は同等の価値を持っている。ショットは当然距離と方向が同等の価値を持っているが、パットの場合真っ直ぐなラインなら強く打っても弱く打っても入る範囲があり、しかし方向を間違うと絶対入らない。それで方向の方が力加減より重要な感じになりやすい。

ショットのように空を飛んで行く場合は言ってみれば常に真っ直ぐなラインなわけで、せいぜい風を考える程度だ。ところがグリーン上には傾斜があって真っ直ぐなラインは少ない。つまり方向と距離感、力加減が同等になる場合が多い。

前向きパットは方向性がいい。完璧ではないが横向きだとシャフトを真っ直ぐ引けないしヘッドのロールも大きい。その分方向性では前向きに軍配が上がる。私のようにパットの下手なゴルファーにはまずそこがうれしかったのだが、力加減が出来なければ結局入らない。前向きを使っているうちになぜか力加減は横向きに打つ方がいいことに気付いた。

しかしそれもまた完璧ではない。なぜかというとボールを「払う」からである。これは前向きも横向きも変わらない。微妙な力加減をコントロールするのにボールを「なでる」とか「払う」方法がいいわけはないがやむを得ずそうやって打っている。

私たちはグリーン上でボールを「打って」いるが、それは「払って」いるのである。微妙な話だ。たとえば繊細なはずの日本人がナイフや包丁を使うときにただ「切る」という単語しか使わない。ところが英語では「切る」に幾つかの単語が使い分けられている。

空手チョップの「チョップ」、テニスやゴルフの「スライス」、そして一般に「カット」とも言う。菜切り包丁(なっきりぼうちょう)はチョップする。紙の断裁機のように上から真っ直ぐ刃を下ろして切る。中華の包丁は皆チョップだ。一方普通にパンや何かを切るときはスライスする。それは撫(な)で切ることを指している。

(紙の断裁機の刃は水平ではなく傾斜を持っている。したがって完全にチョップではなく、ややスライスになっている。金属の断裁機は刃が真っ直ぐ水平に下りてくるからチョップになる。)

英語にとって撫でて切るのと真っ直ぐ押して切るのはまったく違うことらしい。パターでボールを打つ場合、手はシャフトのエンドを握っている。長いシャフトの先にヘッドが付いている。さて、そのヘッドでボールを打つときシャフトは振り子のように動きヘッドはボールに当たる。撫でて打っているのだ。

シャフトをもう少し平行移動で動かすとややリニアになって、幾らかボールを「打つ」感じが出てくる。前向きパットでもやはりボールは撫でて打っている。横向きが前向きよりも力加減に関して繊細な事情はわからないが、撫でている限り正確な力加減はなかなか出てこない。

「打つ」ことの究極は何か。「切る」ことの究極はチョップである。スライスは小さな力で切れるから便利だが「切る」ことについて当然余分な動きがある。それがスライスの仕掛けである。「切る」ことの究極が「チョップ」なら「打つ」ことの究極は「突く」ことだろう。

ボールを「打つ」のは「押す」のである。押し加減をコントロールするには「撫でる」より「突く」ほうがいい。横向きパットでは撫でるよりも突く感じを大きく出来れば距離感が出る。パットに天才的な感性を持ったゴルファーを除けば、出来るだけ「突く」方へ向かうと距離感が出る。

前向きパットではもっと進んだ方法が可能だ。ボールを本当に「突く」ことができる。ロフトマイナス10度のパターを作った。カジノのディーラーが使う熊手のような形の変なパターは一見普通のパターに見える。しかし私が作ってきた沢山の変なパターより遙かに変なパターだ。

どんなに変な形を作ったにせよロフトがマイナス10度もあるパターは作ったことがない。このパターは「突く」ための専用パターである。練習しているがなかなか真っ直ぐ打ち出せない。ただ、予想通り力の加減が出来る。カップのところで一瞬とまってから落ちるように打とうとすると、出来た。今までにない簡単さで力加減がかなり自由になる。

ただし練習しないとダフッたりするので今懸命に慣れようと努力している。「突く」ためには「突こう」とする。それしかない。結果は次のゴルフでわかるが、普通の横向きパットでも距離感が大事な曲がりの大きなラインでは「突く」イメージを使って打つほうがよく入るはずだ。

パットの練習は退屈だからあまりやらないのに練習場でショットの練習はよくするのがアヴェレイジゴルファーである。その理由はショットはそもそも当てるのが難しいからだ。打ち損じなしに常にクリーンショット出来るまでが大変で、そのあとにコントロールの練習がやってくる。

パットは逆で、打つのは簡単だ。練習しなくてもダフッたりすることは滅多にない。少し練習すればほとんどミスなく真っ直ぐ打ち出すことも出来るようになる。問題はその先、ボールをコントロールすることが難しい。力加減によってボールの曲がり方が変わる。傾斜は見えても距離感の誤差でカップに落ちない。

変な話だが「突き型パット」はそもそもまずボールを突くのが難しいので練習していても退屈しない。打てるようにさえなれば、たぶん今までよりよく入るパットになるだろう。パターは撫でるのがいいとされているので私の話は逆だが、なぜ撫でるといいかというと、打った瞬間、恐ろしく短い時間の中で力加減の修正が出来るからだ。

しかし一歩間違うと飛んでもなくショートしたりオーヴァーしたりする。そういう経験は誰でも持っている。恐ろしく短い時間の中で上手に修正出来るゴルファーは勘のいいゴルファーだ。優れた感性を持っている場合は撫でる方がいい。

しかし私はノーカンなのでその感性を磨くにはかなりの時間を要する。「払う」というか「撫でる」打ち方は打たれる対象、つまりボールに与える打撃の大きさには鈍感である。だから打った瞬間の修正が意味を持ち、それには才能を要する。

打撃のレヴェルを細かく設定するには撫でるべきではない。何か正確な圧力で「押す」マシンを設計することを考えた場合、撫でるような機構は絶対に作らない。むしろ撫でる機構は微妙なさじ加減を必要とするマシンで威力を発揮するだろう。撫で初めの状態がフィードバックされ、その情報で新たに修正をする。

日本家屋の壁を塗るのに「漆喰(しっくい)」という藁(わら)みたいなものが入った粘土を塗るが、塗るにはかなり技術を必要とするらしい。職人が育たないのでいずれ滅亡するだろうが、漆喰を塗るためのコテで撫で付ける力加減が難しいらしい。撫で加減を自動でコントロールするマシンがあれば楽だ。

パットはコツンと打つよりも撫でる方がいいと言われるのは感度のいい、優れたゴルファーがパットの名人に多いから言われる話だ。それでは能なしの私はどうすればいいか。

私は私自身の感度を上げる努力より高度な機械を設計する手法を取り入れた。つまり「突く」のである。その方が力加減をコントロールしやすい。私の鈍感な感性でも十分細かな力加減を感じ分けられる。それが「突く」ことの利点だ。

私は昔から青木功プロを非常に尊敬している。世間ではパットの天才と言われているが、パットの名人はすべからく感性の優れた天才に限られている。ストックトンを筆頭に昔から名人のストロークは非常に滑らかなのを特徴とする。

しかし青木プロのパットは歴史的にも世界で唯一コツンと打つパットの天才である。なぜか?彼は感性の天才なのではなく、発想の天才なのだ。撫でることよりも突くことの方が普通の人間にとってより高度な力加減を具現できることに気付いた初めてのゴルファーではないだろうか。
世間はまだ感性に頼っている。ごく限られたゴルファーはそれでいいだろうが、普通の人々にとってはそうではない。新しく売り出されるパターは感性なしでもよく入る設計の方向へシフトしている。ゴルファーの方も進化しなければならない。筆者

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