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マイクロソフトがブログから撤退して一番困ったのがこのタイトルだった。元々このタイトルは「目次」から別のリンクへ飛んで一つの独立したブブックを形成していたが、ここではそれが出来ない。

ゴルフの技術はスイングではない。些細な知識の積み重ねこそがゴルフの技術である。一般的に言えば、スイングはどうでもいいものだ。それよりも状況によってどうしたらいいのかという時の些細な知識がゴルフを、スコアを作っている。

プロのレヴェルになると、そういう些細な知識の積み重ねが飽和状態になってくる。そこまで行って初めてスイングを考えることに意味が出てくる。プロのレヴェルでならば、ゴルフの技術はスイングが半分、些細な知識の団子が半分を占めるようになる。

ゴルフ練習場という遊び場を持っている日本人は、だからゴルフの技術について歪んだ認識を持っている。スイングの質がゴルフ技術だと錯覚している。それは大間違いだ。ゴルフの技術とは、ほんの些細な知識の積み重ね、つまり知識の団子なのだ。

普通のアマチュアゴルファーにとって、スイングがいい悪いなど無意味だ。それよりも知識がものを言う。それがゴルフだ。毎日練習場でボールを打ち続けたゴルファーと、全く練習場へ行かずに毎週二回ラウンドしたゴルファーと、半年後にゴルフ場で勝負したら勝負は目に見えている。

練習場のゴルファーに勝ち目はない。ラウンドするたびに些細な知識は蓄積されていく。記憶力があればの話だが。一方練習場でスイングの精度を徹底的に鍛え上げたゴルファーはショットに自信がある。しかしゴルフ場は練習場とは違う。ライが違う。足場が違う。つまりほとんど全く世界が違う。

ゴルフ技術とは、そのほぼ85パーセントが「些細な知識の団子」であって、スイングがゴルフ技術としてスコアに貢献する度合いは15パーセントしかない。これは普通のゴルファーにとって事実だ。

だからラウンド数で負けるゴルファーがスコアで勝つためにはスイングの練習ではなく、いかにして実際のラウンドに必要な「些細な知識の団子」を、ラウンドしないで手に入れるかにかかっている。

たとえゴルフ練習場で練習するにしても、スイングは二の次にして知識を増やす心がけが肝要だ。このタイトルにはそういう「些細な知識の団子」の例を挙げている。これは例である。私のレヴェルでは簡単なたとえを挙げるしかできない。

しかしプロが持っている「些細な知識の団子」はそのレヴェルに応じて巨大なものだろう。本などからそういう知識を学び、暗記する。プロに習うべきはスイングではない。彼らは膨大な量の「些細な知識」を持っている。それをこそ学ぶべきだ。

このタイトルは読者が「些細な知識の団子」を作るためのサンプルである。上手なゴルファーは相当大きな団子を持ってプレーしている。スイングを考えるのはそこまで団子を大きくしてからでいい。

些細な知識の団子1(砲台グリーン脇のコロガシ)
砲台グリーンの裾(すそ)から転がすと普段より沢山転がる。たとえば7番で3ヤード打ってグリーンに乗せればグリーンで8ヤードくらい転がる。ところがグリーンが砲台になっていて30センチほど高いと、同じように7番で3ヤード打ってグリーンに乗せると10ヤード以上転がる。

なぜかと言うと、平らならば7番で打ったボールは7番の角度でボールが地面へ当たる。俯角というのかどうか知らないが、地面に突入する角度は番手ごとに決まっている。しかし一段高いグリーンへ落とすとき、まだボールがいつもの突入角度になる前に地面が来てしまう。つまり7番のはずが5番や6番で打ったような突入角でグリーン上へ落ちる。だからボールは予定以上に転がる。
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些細な知識の団子2(ティーグラウンドを読む)
ティーグラウンドはフェアウェイに正対していないことがある。フェアウェイに向いていないでちょっと右向きに作ってあったりすると構えにくいし、かなりの確率で左右に大きく外れたショットになる。だからティーグラウンドの二つのティーマークを結んだ線の直角方向がフェアウェイの真ん中に向いているかどうか必ずチェックする。

ティーグラウンドが左足上がりだとホックする。持ち球がスライスなら思い切り打てば真っ直ぐ飛ぶので喜んでいいが、ドロー系のゴルファーは気付かなかったら最後、左へO.Bになる。最近のゴルフ場は初心者のスライスを回避し、プレーの遅延を防ぐために左足上がりのセッティングが多い。

しかしティーマークの置き所によっては左足下がりにもなる。グリーンのカップ位置とティーマークの位置はゴルフ場のさじ加減だから、ある意味ゴルフ場がゴルファーのスコアを操作できるわけだ。左足下がりは右に低いボールが出やすい。ドローヒッターは助かるがスライサーには地獄だ。

ティーグラウンドは読めても実際どう対処したらいいかわからない場合、一般的にティーの高さを変えることになっている。左足下がりならば高いティーアップをする。逆に左足上がりならティーを低くしてドローを押さえる。この方法は正しいが、正しいスイングを持っていないゴルファーの役に立つとは思えない。気休めにはなる。

自分の方法を見つけることが大事で、それにはまずティーグラウンドを読む習慣を身につけなければいけない。
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些細な知識の団子3(ライを読む)
ボールの飛距離はライが決める。クラブの番手ではない。ボールの後ろがちょっとでも高くなっていればもう普段の番手では打てないし、打っても届かない。私の技術で番手通り打てるのはワンラウンドで平均4回ほどしかない。ボールが芝の上にちょこんと乗って、足場が硬くて平らなときだけだ。それ以外は番手通りには打てない。

ボールの底が後ろから見えるかどうかを見る。上から見えても駄目で、ボールの後ろのフェアウェイに長さ1メートルの鉄製の定規を置いたとして、その定規をボールに向かって滑らせて、定規がボールの下をすり抜けるくらいでないと駄目だ。

鉄の定規は重さがあって芝の上で少し沈む。幾らか沈んでいるその定規がボールにコツンと当たってボールが動くようではいいライとは言えない。英語ならディースントと言われるライだけが、普段通りの番手で打てる。地面の高低ばかりではない。たとえ定規が通っても、芝がボールの30パーセントを隠していたら、打てない。

プロがよく言うフライヤーなどと言った高い次元の問題ではなく、単に普段通りには打てない。フライヤーは余計に飛ぶ、らしいが、私は普段より番手を大きくしないと届かない。

ライがぬかるんでいると絶望的で、ボールのライを考える以前に絶望的だ。そういうものだと思ってゴルフをしなければならない。短いクラブはヘッドが地面に刺さって距離が出ない。

ライが柔らかいと長いクラブはその分スイングが強くなるので今度はヘッドではなく右足が地面に沈んでダフる。要するにどうにもならない。

全ての場面で、より長いクラブを持ち、コントロールして打つしか他に名案はない。これを忘れるとゴルフにならない。
プロは桁違いの知識を持っている。ゴルフ練習場のレッスンプロはスイングを教えるが、それは喰うためにやむを得ない。「些細な知識の団子」こそゴルフの「技術」なのだから、本当はそれを習うべきだし、教えるべきだが、そういうレッスンに生徒は集まらない。

だからプロが悪いわけではない。生徒がアホなのだ。レッスンプロのスイング技術はトーナメントプロと変わらないのをご存じだろうか。トーナメントプロの方がいいスイングをしているわけではない。それではどこが違うかというと、「技術」が違う。ゴルフの「技術」が違うのだ。

それでも私たちと比べれば桁違いの「技術」を持っている、はずだ。レッスンプロがクラブチャンピオンに負けることは、あるだろう。スイングはプロの方が断然うまいが、クラブチャンピオンの「技術」がレッスンプロに勝るのである。

ゴルフの技術はスイングではなく、些細な知識の団子こそがゴルフの技術である。日本人ゴルファーが一日も早くそれに気付くことを願う。 筆者

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