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90を切れずに約束通りゴルフをやめたのが2015年の9月。16年の暮れから17年の始めにかけて18ホールのフルラウンドを二回やった。一度目は100どころではなかった。古くなったアイアンを作り替えたため、番手ごとの飛距離が約2番手短くなったのに面食らって、まだ慣れていない。


初心に帰るというか、ドライヴァーもフェアウェイウッドもなぜかスライスする。アイアンまでスライスするが、これはスライスと言うより、まともにボールがフェイスに当たっていないようだ。それにしても、昔のアイアンのロフトは大きい。8番がウェッジに見えた。


ショットがスライスする原因はしばらくゴルフから離れていたことと、左腕の痛みだろう。バックスイングが以前のように取れず、トップが浅くなって、しかも痛みでそこにとまっていられない。バックスイングが浅くなりがちなゴルファーはよほど考えた方がいい、と思った。


故障は時を待つしかない。そして先日の第二ラウンド。前半45で、普通なら後半が3つくらいいいから、一応90までは戻る、と思ったが、そうは問屋が下ろさなかった。後半乱れてアウト。


帰宅してすぐ、ドライヴァーを作り替えようとシャフトを探したが、硬めのシャフトがなかった。今のドライヴァーは女性用のヘッドに軽いシャフトがついている。軽いので振るのは楽だが安定しない。前からずっと使っていたドライヴァーはアウト・インの出だしのホールだけ、必ず左へ引っかかる。


次のホールからは真っ直ぐだからクラブのせいではないが、そこを何とかうまい具合のドライヴァーは作れないかと思ってだんだんやっていくうちに、元のドライヴァーのシャフトが短くなって使えなくなった。脱着を繰り返すたびに少しずつ短くなる。エンド側に別のシャフトを差し込んで伸ばすのだが、シャフトの内径が小さ過ぎて何度も出来るものではない。


二度目のラウンドでまだ90を切れないのは体力というか、ラウンド中に体が少しずつ疲れていく、そのリズムに対応できなかったせいだ。プロでもワンラウンドの始めと終わりでは体が同じ状態ではない。ラウンド数の多いゴルファーがうまいのは、飛距離が伸びたとか、アイアンの距離感が良くなったとか、そういうことではない。


ワンラウンドという時間の中で、徐々に体や心に起こる変化、それらに無意識に対応したショットが出来るからスコアが良くなる。今回私は最終ホールで同じ池の同じ場所に3発放り込んだ。その前のパー3はアイランドグリーンだったが、手前の岩畳みというか土塁(どるい)へぶつけた。ギリギリだった。


ピンまで146ヤードとあるから手前のグリーンエッジまでは130程度だ。しかも5メートルくらいの打ち下ろしである。それなのに私の6番アイアンが届かない。前に使っていた8番と同じ弾道が出る。5番に持ち替えたかったが、持っていなかった。4番もなく、3番アイアンでは大きすぎる。やむなく6番で二度打ったのだが、風に押し返された。


18番は急に強くなった風に押し返された。ボールも押し返されたが、それより私の体が押し返された。体が疲れたのだろう。こういうところが、永(なが)らくラウンドしていないと対応を誤る場面で、これがゴルフで、90を打たないコツということだろう。以前はこういうミスはなかった。


ゴルフはやさしいスポーツだと私は思っている。それなら75くらいで回れると思うのだが、なかなか回れない。やさしいけれど、不思議なスポーツなのだ。パットは相変わらずだが、やはりパットが良ければゴルフのスコアは良くなる。今回は半分パーだったのに、トリプルボギーなどが出過ぎた。


私はボギーペースにどれだけパーを混ぜられるか、というタイプのゴルファーであり、これがハンディ12程度のラウンド技術だが、それには似つかわしくないスコアカードになった。これではゴルフにならない。


もう少し上手なゴルファーはパーのペースをどこまで守って、ボギーを減らすか、というゴルフになる。ハンディが9か10程度だとそういうゴルフをする。もっと上になるとパーのペースで行きながら、打ってしまったボギーの数と、それをチャラにするバーディの数が天秤に掛けられる。 ローアマの世界だ。


たかがゴルフ、されどゴルフ、ま、いいか。 筆者



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