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二つの「モダンゴルフ」

「モダンゴルフ」と言えばベン・ホーガンだが、陳清波の「モダンゴルフ」もある。書名は「近代ゴルフ」と言うらしいが、なぜか私は「陳清波のモダンゴルフ」という言葉で記憶している。どちらもチラッと読んだくらいだし、ほとんど覚えていないが、ベン・ホーガンの方はアメリカゴルフのバイブルであり、陳さんの方は日本のゴルフのバイブルだった。



本は読まないが、二人のスイングはよく覚えている。ベン・ホーガンは私同様パットが下手で、偉大なプロゴルファーにして史上最低のパターと言えばホーガンとヴィジェイ・シンだろう。そのためホーガンは第二打をベタピンに打たなければならなかった。彼のスイングは真っ直ぐ打つためのスイングであり、努力の果てのスイングという風に見える。したがって美しいという感じはない。


一方で陳清波のスイングは誰もマネしようがないほど美しい。真っ直ぐ打つためのスイングではない。才能があれば真っ直ぐ行きますよ、という風な、ただひたすら美しいスイングである。軽く打っても距離が出る代わり、万分の1秒ズレたらボールは曲がる。アイアンでも飛距離を見せたい普通のアマチュアがやりたがるスイングだ。


岡本綾子プロや彼女の弟子である森田理香子プロのスイング同様、非常にトリッキーな、しかし才能があれば素晴らしい結果をもたらすスイングである。プロ向きのスイングといってもいいだろう。陳さんのスイングを覚えている人は少ないと思うが、人徒(ひと)はそれをダウンブローという言葉でまとめてしまうだけで、本質を見ない。あれはリズムの化け物なのである。


その点ホーガンのスイングは平明であり、彼の気持ちが見て取れるスイングである。パットのこともあり、どうしても正確に打ちたい、という彼の執念はしかし、スイングよりもアイアンのデザインという形で達成された。彼は沢山の試合に勝ったけれど、それはスイングのせいでもアイアンクラブのせいでもなく、彼自身の努力の成果だったと思われる。その努力の経過が「モダンゴルフ」をバイブルにしたのだ。


ベン・ホーガンのアイアンと言えば、ホーガンのアイアン第一号機の1952年製プレシジョンが有名で、ホーガン自身がプレシジョンが好きだと言い、それを使って多くの試合に勝ったというのも半分は事実だろうが、コレクターが欲しがる理由はただ最初のホーガンだからに過ぎない。実はあのクラブにベン・ホーガンの心は入っていない。


プレシジョンというアイアンは普通の、いわゆるマッスルバックと呼ばれるクラブである。その当時にあったマックレガーのアイアンとほとんど同じものだ。どこにもベン・ホーガンらしさは見られない。たぶん、彼は少々使いにくくても飛距離が落ちない普通のアイアンを、猛練習して使いこなすのが、プロとして一番成功する方法だと考えたのだろう。


だからプレシジョンという、ホーガンの名前を冠したアイアンはあっても、私の感じではあれはマックレガーである。マックレガーにホーガンがちょっと細工しました、程度のアイアンである。プレシジョンのエクスペリメンタルと呼ばれている試作品が実在しているが、これはマックレガーアイアンそのものに小さな削り跡のある、微妙にホーガンのアイアンである。


しかし彼の心はずっと真っ直ぐ飛ぶアイアン、真っ直ぐ飛ばしやすいアイアンを設計することに集中していた。試合に勝つためにプレシジョンを使いながら、彼は本当に真っ直ぐ飛びやすいアイアン、一般ゴルファーのためのアイアンとして、それをどう設計すればいいのか、考えて続けていたのだと思う。


そしてとうとう、プレシジョンから約10年の時を経て、彼はベン・ホーガンとして二代目に当たる一本のアイアンを仕上げた。この1962年製ベン・ホーガンにはPower Thrust パワー・トラスト(日本読みではスラストだろう)という名前が付けられた。これは非常に奇妙な形のアイアンであるが、同時に彼の心が満載されていて、つまり真っ直ぐ飛ぶ代わり、飛距離は出ない工夫に満ちあふれたアイアンである。


意識的にドローやホックを打ちたいプロにはどうにもならないアイアンだったに違いない。これぞベン・ホーガンの夢を実現した本当のベン・ホーガンアイアン第一号であると、私は確信している。これ以降の約10年間、彼はバックフェイスに段差のない、ボディの厚みがどこも同じでかつ、ネックに近いところのフェイス高が他のメーカーのアイアンと比べて際だって高い、明らかにベン・ホーガンのアイアンを5種類程度設計している。


それは後年ブローニンが作ったパターフェイスのようなアイアンと同じ思想のものである。そして10年たった1972年に初代のApexが出る。ところがこのエイペックスはバックフェイスに段差がある、ごく普通のマッスルバックだった。


しかもヘッド下部の、厚みが大きな部分と上部の薄い部分との境のラインがソールラインと平行ではなく、先に行くほど高くなっていく。つまり先が重い、ホーガンらしくないアイアンだった。明らかにプレシジョンに近いスタイルである。その次の年、1973年に出たエイペックスはややホーガンらしくなって、これが日本で爆発的に売れた。


このエイペックスは10年後にDECADEという名前で復刻されているが、私が40年も使い続けている2代目エイペックスを最後に、ベン・ホーガンアイアンは「らしさ」を失った。92年のエイペックスを除けば、後は全て普通のマッスルバックアイアンである。もうすでに彼は名前だけを貸していて、設計はしていなかったのかも知れない。


しかしホーガンの設計思想は多くのクラブメーカーに影響を与えた。マッスルバックの意味は知らないが、そう呼ばれるアイアンはバックフェイスが2段になっている。下部が厚く、上部が薄い。段差が一直線のものでも、そのラインがソールに平行か、それともトップラインに平行かで特性が大きく変わる。マックレガーのMTでも美津濃のTNシリーズでも、皆同じような歴史的変遷を持っている。


その中で、段差が一直線でない、富士山のような三角形が見えるアイアンもある。下部の厚い部分を三角形にして中央に配置したものだ。一時期パワービルトやマックレガーにこのタイプが出て、流行った。


さらに、ヘッドの先の方で、下部の、厚みがある部分をなだらかに削り落としたタイプもある。これもまたヘッドの先の方を軽くしたい工夫である。先が軽くなってホーガン風のアイアンになるわけだ。ダンロップのプロモデルの終わりの方、DP-601などはその典型で、初期のDP-201やTNのような一直線の段差がなくなっている。アイアンを設計する人みんなの心の片隅に、いつでもベン・ホーガンは生きているのだ。


私の3番アイアンはヘッドの中央から先に向かってトップラインを斜めに削り落としてある。何時の頃からか、気分のままにアイアンを改造していくうち、そういう形になった。フェイスを正面から見ると幽霊がおでこに結んでいる白い三角紙のように見える。ホーガンのPower Thrustも似たような形をしている。


モダンゴルフは彼の心の中にある理想のアイアンを前提に書かれていると思うが、皮肉なことに彼自身はそのアイアンを使わなかった。設計者となって初めて、パワートラストというアイアンで、彼は夢を実現した。このアイアンは売れなかった、はずだ。真っ直ぐ飛ばすことと、予想を超えた飛距離とを秤(はかり)に掛ければ、多くのアマチュアゴルファーは後者を選ぶし、プロは練習すれば何を使っても真っ直ぐ飛ばせると信じている。


アイアンに飛距離は関係ないと思うのだが、アマチュアにはそこが理解できないらしい。ジョーダン・スピースという大スターが現れたとき、私は書いたと思うが、インパクト後に左ひじを抜くような、まるでバンカーショットのようなスイングは普通のショットでは飛距離が出ないから誰もやらない。彼はそれを全てのクラブでやっている。


映像で見る限り、彼はそれほど大柄でパワフルなゴルファーには見えないけれど、彼がやっているのは物語の中のガリバーならばやるだろう、というスイングである。余程パワーがなければ飛距離が落ち過ぎてプロとしてやって行かれない。左ひじを抜く、という動作はヘッドの先端が走るのを防ぐための動作であり、左に引っかかるのを調整する意味がある。


ベン・ホーガンのアイアンならば、そんな動作は必要なかった。アイアンには簡単に言うと2種類のシステムがある。陳清波プロが使ったアイアンは知らないが、間違いなく、そのアイアンはベン・ホーガンのアイアンと対極をなすスタイルのアイアンであったはずだ。岡本綾子さんのもきっとそういうタイプだっただろう。


三角定規は2枚一組になっている。一枚は60度、30度、90度で、もう一枚は45度、45度、90度の二等辺三角形である。たぶん100円ショップでも売っていると思うので、通りかかったなら買ってみて欲しい。そこにベン・ホーガンと陳清波の、二つのモダンゴルフの神髄があるから。


普通のアイアンは60度、30度の方の定規で、その30度のところにシャフトが付いている。これは陳さんや岡本綾子さんの好みのスタイルになっている、はずだ。ヘッドのキックが大きいのでインパクトでどこに飛ぶかわからないが、ヘッドにキックが出るので、うまく使えば思いの外飛距離が出る。ゴルフはそもそも「思いの他の飛距離」という楽しさに支えられたスポーツなのである。



今時のドライヴァーのライ角が60度を超えているのもそういう事情によっている。ライ角90度ならキックは最大になる。日本の藤田プロのような安定感を大切にするプロはそういうドライヴァーを嫌うだろうと思う。60度は小柄な藤田プロだけでなく、普通の身長のプロにとっても異常に大きなライ角である。


私のドライヴァーのライ角は53度前後だから、藤田プロといえども60度のライ角は使いにくい。56度か7度くらいが最も安定するだろうが、飛距離のことも考えなければならないプロとしては、少しがんばって58,9度くらいを使うかも知れない。


アイアンは飛距離ではないから、45度、45度の定規の長辺を地面に付けて、45度のところにシャフトを差したアイアンが、ベン・ホーガンのアイアンの原型である。それが理想ではあったが、あまりに飛ばないので、いくらか遠慮したわけだ。もしジョーダン・スピースが子供の頃からベン・ホーガンのアイアンを使っていたなら、あの左ひじの抜きはいらなかった。


普通の、60度、30度の三角定規アイアンを使って育ったからこそ、あの不思議なスイングが出来上がったのだ。2枚の三角定規にアイアンクラブの持っている性質の両極端が見事に表現されていて、それはモダンゴルフの二人のプロの両極端なスイングにも現れている。 


陳さんのスイングはネック部分のフェイスが点のように小さく、先のトウ側が高く大きくなっている、60度、30度定規のアイアンにフィットするスイングで、またそういうアイアンでなければ意味のないスイングである。


陳清波プロのスイングより美しいスイングはないが、強いて言えば、古くはデイヴィッド・グラハム、もっと古くなればブルース・クランプトンが彼のスイングと同じように美しい。もしかすると陳さんはブルース・クランプトンに学んだのかも知れない。筆者

私は昔ブローニン440というアイアンを持っていたが、なぜか今はない。どこへ行ったのか全く記憶がない。ブローニンというのはBrowningと綴(つづ)るので、その読みは日本語的にはブラウニングであるべきだが、銃のメーカーとして日本で知られた呼び名がブローニングなので、やむなくそう呼んでいる。やはりブラウニングと呼ぶべきだろう。

余談

実を言うと、私はこのタイトルを数日前に書き終えていた。しかし、ネットオークションにパワートラストが出品されていたので、このブブックへの上梓(じょうし)を控えていた。

ベン・ホーガンアイアンと言えば初代のプレシジョンがコレクターアイテムで高価だと本文にも書いたが、私はそれは間違いだと確信していて、プレシジョンの10年後に出たパワートラストこそ、本当のベン・ホーガンであって、彼は間違いなくこのアイアンを最も愛した、はずだ。

それはこのアイアンの形状が物語っている。これを作れるのは彼以外にいないし、彼の、アイアンに対する思想が詰め込まれているからだ。そのアイアンがオークションに出ているのを偶然見つけた。


私が40年使っているベンホーガンは頂き物だった。戸塚のメンバーで、私が家庭教師をしていた家の主から頂いた。最近手に入れた同じアイアンセットは1円で落札し、イージー・スワンに改造した。


パワースラストは1964年だから、相当に古い。と言うより、1953年のプレシジョンは本当の意味でベン・ホーガンのクラブではないから、このパワートラストこそ、最初のベン・ホーガンなのである。


私は当然ながらこのクラブが欲しかった。これをまだ持っていないベン・ホーガンのコレクターがいたら、私にはとうてい落札できないし、いないとしても、1万2千円から1万5千円くらいで決まるだろうと思った。


しかし私が10年に一度の買い物だと、清水の舞台から飛び降りる覚悟でも、出せる金額は8700円が限界だった。やはりそれに何百円か上乗せした価格で誰かが落札した。久しぶりに残念な気分を味わった。


私はコレクターではないので一本でよかった。ヘッドが一つだけでよかった。ただパワースラストというアイアンヘッドを手にして、調べて、ベン・ホーガンの情熱に触れたかった。貧乏自慢の私だけれど、それにしても、悲しかった。さみしかった。

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